第012話 罪を想え

「お、俺をどうする気だ?」


 青ざめた顔。目玉は血管の赤い筋が浮かび、せわしなくぎょろぎょろと動いている。

 如何いかにも荒くれ然とした険のある顔立ち。体格に優れた壮年の男。


 盗賊の、頭目である。


 いまは縄打たれ、荷馬車の上で揺られている身。


 さほど整備が行き届いたとは言えない街道であるが、並足ならば、さほどその揺れが気になることもない。


 時折、小石を踏んでは、がったん、がったんとする程度。


 充分に丁重な扱いと言って差し支えなかった。


 流石に腰元にあった細剣などの武装は取り上げられたものの、暴行を加えられるでもなく、


 刻限は日が昇り始めた頃、彼の心中とは裏腹に空は晴れ渡り、澄み切っていた。


「ん、ああ、もちろん、さっき言ったとおり。さるお方々が、あんたとお話したいということだから、そこまで丁重ていちょうにお連れするだけだ。――まあ、手下の輩には、それなりに酷いことをしたと思う。でも仕方ないだろう? 話し合いで、はいそうですか、と付いてきてくれたりしないだろう? ん、ああ、そっか、あれかぁ、手下を殺されて怒っているのとか、そんな感じか?」


 対するは、同じく荷車に乗っているジョン。


 そのかたわらには、屈強な、だが、同時に素朴な顔立ちをした者が二人侍っていた。


 身を鎖帷子くさりかたびらや兜で鎧い、腰元には手斧を帯びている。


 まだ明け方、早い刻限であるにも関わらず、態度にはいささかの緩みもなく、かといって過度な緊張をしている風でもない。言うなれば、ごく自然体。


 頭目の目から見ても、このふたりそれなりに厄介な手合い。自分が事を構えることになるのなら、おそらくは闇討ちを選択するだろう。


 暴力を身にまとう者が持つ、一種のとでもいうべきものから、彼はそう判断した。


「奴らなんざ、どうでも良いさ。どうせ、頭の俺がいなけりゃ何もできねえ、何にもならねぇ、くずばっかだ。どこぞで、畑でも耕して、それ以外に何もしないで死んでくか、徴兵されて、使い捨てられて死んでるか、俺らみたいな輩に殺されるか、そういう、どこにでも掃いて捨てるほどいる塵屑ごみくずばっかだ」


 急かされたように、勢い込んで口を動かす頭目。語調とは裏腹に、その視線は、彷徨さまよいい気味。


 ジョンを直視することを避けるように、あらぬ方を行ったり来たり。


 とはいえ、そのことを怯懦きょうだと笑うことはできまい。


 なにせ、先刻まで、手下たちが川で洗われて、その後に


 先のような受け答えをできるだけで、充分に肝が座っていると言える。


「ああ、その気持ちは良くわかる。本当に、世の中、ものを考えない奴が多い。――あんたの手下を殺した、あの化け物どもも実際のところ、普段、あんまりものを考えずにアレコレするもんだから、使うときはヒヤヒヤして仕方ない。だから、まあ、こういう機会に時々、訓練がてら働いてもらってるわけだ」


「―――こういう機会?」


「あんな化け物を飼ってはいるけど、俺たちは歴とした、どこに出しても恥ずかしくないだ。いまは、南の方にある都市『風の寄る辺』に雇われてる。で、そこのお偉方に言われて、都市の周辺一帯でちょっとした悪さをする奴らに注意して回ってるところだ。そんなことしてたら、駄目じゃーないですか、って」


 ジョンは、冗談めかしながら、でも大して面白くもなさそうに肩を竦めた。


 頭目の体から、じっとりと、汗がにじみ出す。


 先の圧倒的な暴威と嗜虐しぎゃくによる恐怖から、ではなく、もっと、得体の知れない、不可思議で不気味なものを前にしているという感覚。


 あんな怪物を三体も使役しているという事実。


 そして、それを無造作に放ち、五十人近い人間に、およそ真っ当とは言えない死に様を与えた事実。真っ平らに潰させ、生きたまま焼き、あるいは、餌として喰わせる。


 そんな行いをしておきながら、この年若い小男、大した感慨を抱いていない。頭目には、そう見えた。


 そして、彼は思う。


 そう、自分ならば。そんな非道はしない、などとは言わない。おそらくは、そんな力を使役できるならば、使。そう


 力には、感情が伴う。それが歓喜であれ、悲哀ひあいであれ、何がしかの、身内でうねる衝動があるもの。


 あれだけの事をして、ろくろく何も感情を抱かないなんて、そんなことがあるだろうか。


 あるとすれば、この青年がよほどの不感症なのか。


 あるいは、そう。


 あんなことはごく日常の風景であると、そう捉えているのか。


 この青年にとっては、五十人近い人間を怪物の餌食えじきにすることくらい、とても自然なことで。慣れてしまっていて。いまさら大した快も不快もないのかもしれない。


 だとすれば、この青年は、これまで一体全体どのくらいの殺戮さつりくを重ねてきたのか。


「―――ああ、そうだ。あんたに頼みたいことがあったんだ」


「頼み、だと?」


 ジョンの言葉に、頭目は、思考の沼から頭を出す。じりじりとした焦燥しょうそう。形も量も不定の恐怖。


「なに、そう大したことじゃない。これから向かう先で、ちょっとした余興よきょうをするつもりなんだ。そこで、ぜひあんたにも協力をお願いしたい」


「余興、だと……?」


「ああ、どうにもこうにも娯楽にろくろく縁のなさそうな方々がいるところでさ。大丈夫、そう緊張することはないって。別段、何か特別なことをしてもらいたわけじゃない。その場で行われること、起きることの感想を、我慢せず、ぜひ素直に表現してもらいたいってだけだ。簡単だろう?」


「……何を、言ってる?」


 ひどく曖昧あいまいな表現だ。端的にジョンが何を求めているのか、わからない。ゆえに、応とも否とも言えず、うめくように言葉を絞り出す頭目。


 そんな様子の頭目を、じっくりと眺めたジョンは、


「わからない? そっかぁ、わからないかぁ! そうか、そうか、わからないか!」


 突然、いたずらが成功した子供ように、いささか抑制を欠いた叫びをあげる。


「ああ、ああ、そうかそうか。わからないか。うん、まあ、そういうものだろう。なら、ヒントをひとつ出そう、あんたたちにとっての娯楽って何だった? そこから考えてみると、すぐにわかると思うんだ」


 娯楽。それは、女であり、酒であり、食い物であり、―――そして、


 


 


 答えに辿り着いたとき、頭目は絶叫した。

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