第13話 祝祭(1)

 ジョン一行が辿り着いたのは、立ち枯れ、しなびた樹木を思わせる村。


 ちっぽけな藁葺わらぶきの家屋が点在するそこには、およそ生気と呼ばれるものが乏しい。


 村を貫く動脈じみた道をゆったりと行く。荷馬車の上から周囲を見渡すと、焼け落ちたと思われる家の跡がいくつもある。


 さらには、いままさに収穫の時期にあったはずの麦畑にも無残な焼け跡が広がっていた。


 一目見て、戦火に巻き込まれた、あるいは、賊に襲われた、そういった事情が察せられる。


 そこは、既に場所だった。


 構造として、体制として。ここから息を吹き返し、元あった営みを取り戻すには、失われたものが多過ぎた。


 それは、非常時に対する備えなど、ろくにできようはずもない、貧しさによるものもあったのだろうが。


 この村の人々は、このままでは、冬を越すことはできない。


 それが、現状をありのまま分析した結果、導き出される当然の帰結。


 だというのに、――この日この時、村の広場に集った者たちに、そんな悲観はない。老いも若きも目を爛々らんらんと輝かせ、異様な興奮と熱気を伴って、その場にあった。


「やあ、村長殿。随分ずいぶんな歓迎ぶりじゃあないですか。――でも、そんな熱烈な視線で迎えられると、お客人も緊張してしまいますよ?」


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!! ジョン殿、本当に、本当に、あの悪魔どもを討伐していただけたのですね!!」


 狂的なそう状態を呈した壮年の男――この村の長――が、唾を飛ばしながらまくし立てる。


「ええ、もちろん。本当は全員を生け捕りにして、ここに招待できればよかったんですが、……予想外に抵抗が激しくて。生かして連れて来ることができたのは、頭目殿だけでした」


 しゃあしゃあと言ってのけるジョン。抵抗も何もあったものではない。ただ一方的に虐殺ぎゃくさつしただけというのに。


「そのほかの連中は、――死体になってしまいましたがお許しください」


 ジョンの言葉に合わせるように、静かに、だが、体に深く染み入るような地響きが届く。


 村長を始めとした村の人々が、彼方へ視線を向ける。そこに在ったのは、年経た巨木を思わせる、尋常の領域を超えた大きさの、隻腕せきわんの人型。


 其の背丈、大の男にして優に五人分は数えられよう。もちろん、体躯たいくは、ただ、縦に長いだけでない。


 首元、胴体、左だけの腕や、太腿ふとももからふくらはぎに至るまで、みっちりと、ぎりぎりと荒縄を幾重いくえにも丹念にり合わせたかのようなたくましい筋肉で覆われている。


 裏腹に、肌の色は、まるで死人めいた青白さ。放埓ほうらつに伸びた、ごわごわとした焦げ茶の髪。


 顔面は長く垂れた前髪に大半が覆い隠されている。その隙間から、ひとつだけ、大きな、とても大きな瞳が村人たちに向けられている。


 その背には、冗談じみた、馬車並みの大きさの背負子しょいこが負われていた。


 衣服はと言えば、胸元と腰元に布を巻きつけただけだが、見すぼらしさは微塵みじんもない。


 ただ、ひたすらに脅威。圧倒的な、脅威があった。


 もし、この脅威を前にして、それでも冷静にこの生物を観察できる者がいれば、あるいは気付いたかもしれない。


 その胸元には、隆々りゅうりゅうとした大胸筋とは異なる、ある種の膨らみも存在していたことに。


 巨人――エブニシエン――、しずしずと、ずしんずしんと歩み寄ってくる。


 日の光が巨体に遮られた。巨大な影が、村人たちを圧するように覆い被さって来る。


 彼ら傭兵隊が先にここを訪れた折にも一度見た光景。


 だからと言って、本能から湧き上がる恐怖を抑えることは出来ようはずもない


 あれは、本来、自分たちが向き合う存在ではない。


 あれは、御伽話おとぎばなしに語られ、吟遊詩人ぎんゆうしじんうたわれるもの。


 


 ゆえに、純朴なる村人たちには、その巨人が人に使役出来るものとも、人の地に在って良いものとも思えなかった。だというのに……。


「ご苦労様、エブニシエン。そこに並べてくれるか?」


「ええ、ええ、……承りましてございます、……旦那様」


 ジョンの命に巨人が鈍牛どんぎゅうじみた声で丁重に応じる。意外にも人間臭く、よっこいしょ、などと呟いて、背負子を地に下ろす。


 さして乱雑だったわけでもないのに、巨人のその動作だけで、地面が抗議の叫びを上げ、土埃を吹き散らす。


 巨腕が背負子から掴み出したのは、昨晩まで生を謳歌おうかしていた人々の成れの果て。


 


 それを、ゆったりと、丁寧な仕草で、ひとつひとつ、広場に並べていく。

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