第14話 祝祭(2)

 かつて盗賊であった、損壊した人の形。

 

 頭部が欠損してしまったもの。胴体がごっそりと消失し、背骨が露出したもの。全身を焼かれたもの。身体の一部が平坦に潰れたもの、などなど。


 どれ一つとして、尋常じんじょうな死に様はない。


 これまで、営々と積み上げてきた罪という名の負債。それに相応しい返済がその身で行われた証。


 総勢、三十近い壊れたむくろ、広場に陳列ちんれつされる。


 その異様な光景。村人たちは、恐怖――しなかった。


 ただ、顔の筋肉が引きれていく。口元が釣り上がっていく。笑みのような表情を形作る。


 は、は、は。

 ははっ、あっははは。

 ははははははははははははははははは!

 ははっはははははっははっはははっはははははははははははははは!!


 まだ、声変わりもしていない子供の笑声を皮切りに、弾ける。唱和しょうわされ、満ちる。歓喜の笑い。


 ざまあみろっ、ざまあみろ。あいつよ、あいつがあの子を殺したのよ。俺の、俺たちの麦を燃やしやがって、くそどもが。女、俺の、女房を、こいつは、こいつは。

夫の、妻の、子の、父の、母の、兄の、姉の、弟の、妹の、友の、恋人の、そして、財産の、尊厳の。


 傷付いたもの、喪ったもの。損失を高らかにうたい上げる人々。怨嗟が反転した狂喜の合奏。


 暴力に対する応報、その明確なる結末を見て、しいたげられた者たちの泣き笑いが爆ぜる。


 村人たちの狂態ようすを見やり、ジョンはうんうんと頷く。ややうるさそうに耳をふさぎながら。


「喜んでもらえて何よりです。けれど、エブニシエン――あの巨人が始末した分は、申し訳ないことに持ち帰れないものもありました。いや、本当に、とても運んでこれるものじゃあなかったので」


「いえいえ、あれだけの死体を持ってきていただいたのです。皆、もう感無量かんむりょうでございますよ。それにあのお方の威容を見れば、その手にかかった者が、どのような死に様をさらしたのかなど、容易たやすく想像できましょう」


「ええもう、可哀相なことに。大抵は全身が平らになっちゃってましたからねぇ。加減ができない奴なもので。地面からこそぎ取るのも一苦労なほどでしたよ」


「そうでしょうとも、そうでしょうとも!!」


 年に見合った貫禄かんろくのある男が、まるで童子のようにはしゃいでいる。


 狂気。


 それが、この村を覆っていた。


 それこそが、存分になぶられ、生きるためのかてを失い、自らの終わりを意識せざるを得なかった者たちの、最後の拠り所。


 もちろん村人たちは、口汚く罵るだけでなく、死体を殴打し、さらなる損壊へと導いていく。ただでさえ酷い有様のむくろが、さらに原型を留めない肉塊へ変貌へんぼうしていく。


 その狂気を、悲嘆を、憎悪を。目の前でまざまざと見せつけられた頭目、声も出ない。元より縄で口を塞がれ、まともに喋ることもできないが。


 ただ目を血走らせて己の手足を拘束した縄を外そうともがく。もがき続ける。それが、自身を救う道と信じて。


 いまは、まだ死体の損壊に忙しい彼らだが、そのが済んだ後に、自分を待ち受ける運命が一体どのようなものか。


 詳細はわからなくとも、とてもとても酷いものであることだけは明確に理解できる。死体を殴打するのは、それはそれで楽しいのだが、やはり何らかの反応がないとすぐに飽きてしまう。それを頭目は、理解していた。


 虐待に必要なのは、つまり双方向性なのだ。


 こちらが打擲ちょうちゃくすれば、あちらは泣き喚くとか、悪態をつくとか、慈悲を乞うとか、そういう様々な応答をしてくれるのが、良い。そう、頭目は認識し、常々、手下に向かってその美学を説いていた。


 唐突に肩を叩かれる。


 びくり、と体を震わせながら、振り返る。傷跡だらけの顔に朗らかな笑みを浮かべたジョン。頭目を見下ろしていた。


 もっとも、笑っているのは表情だけ。


 隻眼の、左だけしかない目玉。まるで温度を感じさせず、どこか昆虫じみた、まったく意思の疎通が不可能だと思わせる、鈍い光を帯びている。


「いやあ、退屈させて悪いね。だけど、もう少ぉし待ってあげようか。まずは、ああやってストレスを発散させておかないと、肝心の主賓しゅひんを持て成すときに、をする奴が出てしまうかもしれないし」


「んーっ、んぐーっ」


 頭目は、村人たちを刺激しないように、抑えながらも傭兵に慈悲を乞うた。否、乞おうとした。もちろん、その口から漏れた声は、まされた縄のせいでまったく言葉にはなっていない。


「ははは、何を言ってるのかわからないなぁ。まあ、だいたい予想はつくけどさ。そう嫌がらずに一度は試してみるのもいいんじゃないか。アレだよアレ。何事も経験、とかそういう方向性で」


「――罪人は、それね」


 透徹とうてつした、女の声。


 それは、痛みすら感じる冷たさを伴っていて。頭目の背骨がずいまでてつく。


 現れたのは、異様な風体の女だった。


 身を包むのは、仕立ての良いシンプルな漆黒しっこくの長衣。それは良い。


 奇怪なのは、その頭部がからすの頭を模した被り物で、すっぽりと覆い隠されていることだ。


 被り物で穴が開いているのは、唯一、目の部分だけ。覗く瞳は、静謐せいひつに沈むあお


 被り物の裾から伸びる、背の半ばまで達する長い髪。雪のような、灰のような、麗しい白銀。


 しなやかでありながら、つやめかしい曲線を描く長い肢体したい。ゆったりとした長衣の上からでも、はっきりと見て取れる。


 平時の頭目であれば、その無粋な衣をぎ取ろうとしただろうが、――いまは、物理的にも精神的にもそんな余裕、微塵みじんもない。


「あ、準備、終わった? ディアドラ?」


 急に作り笑いではなく、相好を崩したジョン。対照的にからす頭の女――ディアドラ――は、表情こそ伺えないものの冷めた様子。


 ジョンの問いに応えず、視線すらもくれない。彼女が蒼い瞳で見ていたのは、拘束された頭目だ。頭頂部から足の爪先までを、ゆっくりと検めている。


「そうそう、こちらの御仁ごじんがここを襲った盗賊の頭目さん。本日の主役でーす。んー、でもちょっと図体が大きいな。ディアドラ、大丈夫か? 何だったら俺も手伝うけど? お前ほどじゃないにしろ、俺も昔はこういうことをやってたし――」


 ぺらぺらと喋り続けるジョン。一向、そちらに注意を向けないディアドラ。まさか、この距離で見えていないわけはなく、聞こえていないわけもない。


 ただ、その女には、


 涼やかにささやいた。


「――罪人を、刑台へ」

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