第015話 祝祭(3)

 聴覚を殺す、大音声、あるいは大合唱。


 統制なく、ひたすらにわめき続ける群衆。


 嘆きもある、憎悪もある、そして、きっと喜びも。とても大きな喜びが。


 わびしい広場にしつらえられた、真新しい、瀟洒しょうしゃな飾りが彫り込まれた演台―――否、


 高さは大人の背丈の半分ほど、広さは十人以上の人間がゆったりと過ごせるほど。


 元より、こんな寂れた村には似つかわしくない設備ではあるが、不可思議なのは、木で出来たそれに継ぎ目や、組み合わせを行った形跡がないこと。


 


 工作という人為を感じさせない自然あるがままであり、―――だからこそ、異様な不自然さがある。


 村の物ということはないだろう。だが、傭兵隊の物か、と言われれば、それも不審な点がある。


 この大きさの刑台を運搬し、設置する労力は尋常ではない。加えて言うならば、これには分解する継ぎ目が見当たらない。


 巧妙な細工で目に留まらぬようにしているだけかもしれないが、―—―もし、分解の余地がないとするなら、運搬にかかる労力はさらに跳ね上がる。


 わざわざそんな労を掛けてまで持ち運ばなくてはならない必然性が想像できない。


 一体全体、どのようにしてここに現れた構造物だというのか。


 などと――そんな不思議、村人たちにとっても、本日の主役にとってもどうでも良い事象。演目は、疑問の影もなく、粛々しゅくしゅくと始まりに向かって進む。


 演台にして処刑台には、裁かれるべきとがを負った者がひとり。中央に建てられた太い柱――これも複雑に絡み合う蔓草つるくさの文様が彫り込まれた――に括り付けられていた。


 台上の罪人を、その結末を見届けようと集った村人たち。処刑台を中心におうぎ状に広がって、宿命の執行をいまかいまかと待ち構えている。


 彼らの様子をゆったりと見定め、処刑人ディアドラがひとつ頷いた。


 “


 黒革の手袋に包まれた、たおやかな繊手。反して、まったく似合わない無骨ななたがひとつ。

 

 鉈が、外見には似つかわしくない、俊敏しゅんびんかつ流麗りゅうれい線状ラインを描く。


 罪人の腰履きが、間抜けな音を立てて、すとんと落ちた。

 

 あらわわになる下半身に、ある者たちは、どっと、笑い、ある者たちは、不愉快そうに眉を潜める。


 観客の反応には、無関心に。淡々と。ディアドラは、すくみ上がっていたを、手に取り、――


「んー、んんーー!!! んん――!!」


 くつわに抑えられた絶叫。鎖に拘束された身悶みもだえ。ぼたぼたと赤黒い血液が流れる。


 


 頭目の苦痛がよほど楽しいのだろう、村人たちの歓声は一際大きくなる。


 

 

 村の無残な有様とは裏腹。いまこのときは、あらんかぎりの熱狂に湧く人々。

 

 処刑人は、切り離された罪の象徴を、ごみのように台上から投げ捨てる。

 

 

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