第16話 祝祭(4)

 次に取り出だしたるは、鋭いはさみ


「んんんんんん―――!!!」


 ぱちん、ぱちん。頭目のてのひらの先にあったもの。長く伸びたが、丁寧に剪定せんていされていく。


 はさみの切れ味によるものか。たおやかな細腕でも作業は軽快。

 

 罪人は、生まれ持った自らが損なわれていく苦痛と恐怖にうめき、もがく。


 理性では、無駄を理解しながら。本能では、無駄をやめることはない。


 だって、彼はまだ生きているのだから。生の継続を求めて、足掻あがくことの何がおかしいというのだろう。


 彼は、いままさに生命の持つ原初の姿を体現している。体現し続けているのだ。


 ――ぱちん、ぱちん。手が終われば、お次は足へ。剪定せんてい可能なは、まだまだ残ってる。


 手に比べれば、随分ずいぶんと太い足のも何のその。


 ぱちん、ぱちん。二十を数える頃、手足は綺麗に平らに均されていた。


「んんんんんんんんん―――!!!」


 頭目が、大の男が、身も世もなく泣きくずれる。


 こらえもせずに、大粒の涙を流し、鼻水を垂らす。抑制なく嗚咽おえつする様は、まるで幼子のそれ。


 そんな頭目をさらなる哄笑と罵倒が包む。


 ざまを見ろ、ざまを見ろ。これがお前の罪に対する正当な結末だ。いや、この程度で済むわけがない。狂喜する村人たちは、もっともっと、と刑罰を望む。


 ―—望みは、叶えられ続ける。


 目には、目を。歯には、歯を。痛みへの報いは、痛みによって。


 いつしか罪人からは、生を求める本能、そのことごとくが削ぎ落とされていた。


 いまこの場で彼に求められる機能――外界からの苦痛という入力に対して、叫び、うめき、もだえるといった結果を出力する――だけを持った機巧からくりと化した。


 否、わずかながらに残る不純がある。


 たったひとつ。


 なんて願う、はなはだしい余分が。


 いまや村人たちには頭目の心の変遷へんせんが、まるで胸に迫るように近しく感じられた。演者と観客は、いま真に心を通い合わせて、一つの偉大な舞台を作り上げている。

 

 だから、彼らはこの喜劇グランギニョルを楽しみ、愛し、尊んだ。


 さらなる罰を。さらなる責め苦を。さらなる損壊を。


 ただ、ひたすらに。この上ない歓喜と歓楽の中、もっともっとと残酷な刑罰を望む。


 そして、ディアドラもまた舞台に立つことを許されたいまひとりの役者として、彼らの期待によく応え、飽くことなく魅了し続けた。


 村人たちの祝祭の催しが進むごとに、盗賊の頭目は、少しずつ、そうして極大の苦痛と絶望の中、落命した。


 劇の終わり。そのとき、多くの者が涙した。


 それは、けして悲しみの涙などではなくて。心身の痛みが癒され、尊厳が回復されたこと。正しき義が示され、悪逆の徒が滅されたこと。


 そして、こぼれる笑い。見世物の可笑しみ、――まるで牛や豚や鶏のように屠殺とさつされるヒトを見る悦び。


 血も肉も骨も臓物も、彼らには馴染み深いもの。命を刈り取ることも、ごく身近にあることだ。


 しかし、さすがに対象が人ということはない。それらは、あくまでも家畜に対して行われる生活の一部。こんなことは、これまではなかった。


 


 胸のすく思いがあったのだ。

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