第02話 裁く獣、裁かれる獣(2)

「どうするって、そんなの――使?」


 つい先ほどと指摘されたにも関わらず、そんな応えを返す。


 会話が成立していないようでありながら、傷痕の青年の意図、隣人にとっては明白であったのか。たおやかなかおしかめられた。


、君さあ。あの城には村からさらわれた女の人たちもいるってこと、忘れてるんじゃない? 村長さんに女の人たちを救い出してくれって、頼まれてたじゃないか」


「忘れてない忘れてない。まあ、の心配もちょっとはわかる。けど仕方ないじゃないか。いまの兵力であの城を落とそうとすると、ちょっと無視できない損害が出る可能性がある」


 見上げて、検める城塔。隻眼に映るは、火の灯りと立哨の影。夜半とはいえ、賊の皆さま、なんて、お粗末も期待できない。


「俺らは、いま小遣い稼ぎに来てるだけだしさ。損害なんて割に合わない。ちょうど良い機会でもあるし、せっかくだから慣らし運転に使う方が


。それでさらわれた女の人も巻き添えにするの?」


 人の命が懸かった場面。なのに、あまりにも軽い言いぐさ。


 常識的な苦言をていするクリスだが、――届かないだろうなぁ、ということも同時に理解している。


 このジョンという青年。けして冷血漢というわけではないが、頭の螺子ねじが一つ二つと外れている。


 単に冷血であるより、数倍たちが悪い。


「じゃあ、どうする? 俺は兵に損害を出すのは嫌。お前はさらわれた哀れな女性たちに被害が出るのは嫌。となれば、取れる手段は限られてくる」


 一拍を置いて、ジョンは、実に人の悪い笑顔を浮かべた。諸人、魅了する可憐な容姿をじろじろと。


「別に俺は、お前が身体を張ってくれるなら、それでも構わないんだけど?」


 嫌なところを突いてくる。クリスは、たまらず、うへぇと声を上げた。


「それしか手段がないなら、そうするんだけどさぁ。


「大丈夫大丈夫。お前が相手なら、奴ら張り切って全員出て来てくれるよ」


「嫌なこと言わないでよぉ。いつも言ってるけど、?」


 はかくも、愛らしい顔がげんなりと。

 ジョンがくつくつと肩を震わせた。


「ほら見ろ、消去法で奴を使うのがいまは最上だ。お前だと状況次第で失敗するし、時間がかかるのも嫌だろう? あそこに囚われてるご婦人方にとっても嫌だろうし、俺も嫌だ。さっさと済ませて寝たい」


 くあ、と欠伸あくびをして見せるジョン。

 じとーっ、とした目で非難するクリス。


「ついでに言うとだ。もう奴の方も準備が出来てる」


 ジョンがちらりと木々の密集して生茂る暗がりへと視線を向けた。


 何かがわだかまっていた。


 低く低く、抑えられている。けれど、なお漂うは、大きくて、重くて、深い。


 と推定できたが、個体のものとするならば、明らかに正常な規格を逸脱している。


 生暖かく湿ったそよ風。ジョンとクリスの髪をぬらりと撫でた。


 それは、得体の知れない過剰な何かの存在証明だった。


「……ええ、ええ……旦那様……承りましてございます」


 くぐもった、異様に野太い鯨波げいはろと語る。


「皆すべて、残すことなく、ことごとく……ぷちっ、と……潰して……ご覧にいれましょう」


 まるで、鈍牛どんぎゅうが不条理にも人語を発するかのごとく。感覚を失調させる違和感が樹々を静かに震わせた。


「エブニシエン。は、大層嘆き悲しまれている。く早くあの城を攻略しろ。ああ、ただし、奴らの頭目だけは、生かして捕まえてくれ。依頼主に引き渡す必要があるからな」


「いや、あのね。だからさらわれた女の人たちのことも考えようよ。エブニシエンが暴れたら、彼女たちまで潰れてしまうじゃない」


 美麗びれいな少年の苦衷くちゅうおもんばかったのか――いやそうでもないのか。何とも判然としない――ゆったりのんびりとした音声が響く。


「いいえ、いいえ……、そんな……そんな滅相もない……なるべく、……なるべく、丁寧に丁寧に……潰していく所存です……囚われた哀れな……哀れな女性を潰すなど、……そんな恐ろしい、とても恐ろしいこと、……できようはずもありません」


 その弁明、果たしてどこまで信じて良いのやら。


 とはいえ、見た目そのまま、手折られる花のたおやかさしか持ち得ないクリス。荒事においてできることは、


「まあ、が心配するのもわかるよ。だけど、こいつの言うことを信じてみないか。こと荒事については、こいつがどれほど頼りになるか、お前も知ってるだろう? がやる気になってるんだ。ほら、笑って送り出してやれよ」


 信頼を語る言葉とは裏腹、その顔に浮かぶ笑みは道化めいて軽い。まったくもって誠意というものに欠けていた。


 それにさ、とジョンが続ける。まったく悪意のない顔で。


「村の女たちって、賊どもに連れ去られてから、もう一月以上も経っているって話じゃないか。お前だって、?」


「そういう問題じゃあないでしょう」


 反論しながらもクリスの中にじわりと広がるのは、眼前の男にはなにも伝わらないという徒労感。


 両者の間にあるのは、溝や断絶といった生易しいものではない。おそらく目に映る世界の有り様そのものがまったく違う。


 そうクリスに思わせるほど、絶望的に噛み合わない認識。


 ジョンはのために、クリスがなぜそんなに抵抗を示しているのか、まるで理解できない。きっと、まったく、これっぽっちも。


 だから処置なし、と芝居がかった仕草で諸手を上げた。


「あー、はいはい。つまりお前はこう言いたいわけだな? エブニシエンだけじゃ不安だと? じゃあ、も追加しよう。お望みどおり、ちりひとつ残さない勢いで奴らを処理してやるよ」


 終いに、けらけら笑い始める始末。ジョンが挙げた新しい二つの名。

 それは、恐怖劇がより悲惨な結末へと向かうきざし。


 ジョンは、事の始まりから結末までを既に描き終えていて、いまさらクリスが何を言おうと変えるつもりなど毛頭ない。


 そのことを理解したクリスは、ただため息をつく。


 佳人かじんの諦めが惨劇の開幕を告げた。

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