第001話 裁く獣、裁かれる獣(1)
「潰しても潰しても湧いてくる。こういう輩はやっぱり虫だな」
暗い空。白々とした真円を
辛うじて整備された山道を外れ、あたかも人を拒絶するように群生する深緑の合間を進むことしばし。
いつしか放棄されて久しい道の名残が現れた。さらにしつこくその先を辿る。
在ったのは、緑に覆われた石造りの建造物。
山中の森に潜み、ひっそりと朽ちていくはずの抜け殻――そんな感傷を懐かせる外観。
しかしながら、しっかりと掘られた空堀、切り揃えた岩石を丁寧に丁寧に積み上げた
大小様々な設備が、いまもなお
おそらくは、王によって闘争を
経た時の長さにも関わらず、いまだ
風化し、その機能を喪失するまでには、きっと気の遠くなる時間が必要だった。
まったくもって、こんな
とはいえ、守りに適した場所というのは、山の頂上やら洞窟の中やら、そも攻め入る前に行軍だけで力尽きそうな地形であったりするわけで。
してみれば、もともと人の寄り付かない、こんな
しかしながら、幾らか神経質なものを感じることもまた事実。
ゆえ、その防衛への
城の外、一人の小柄な男の姿があった。先の虫云々の感想を呟いた者。
彼は、いままさに、この城に――より正確には、この廃城に勝手に住み着いた山賊に――挑む心算を抱いてここに在る。
けれど、まったくと言っていいほど緊張感に欠けていた。
あるいは、単にそういうものを感じる精神が欠落した壊れ者なのか。
小男は、木々の合間に潜み、左目だけで捨てられた城を眺めている。
身に
周囲は、
最中、この男の顔を見た者は、まず、なぜそんな顔中に悪戯書きをしているのか、と呆れるかもしれない。
あるいは、子供にそんな悪戯をされたのか、と微笑ましいものを覚えるかもしれない。
しかし、その顔面を自由気ままに走る線条やら突点やらが、すべて傷痕であると分かれば、また、閉じられた右目は潰れているのだと知れば、その印象も逆転する。
人によっては、非常に
あるいは、小さな
いずれにせよ、目を背けずにはおれない
傷痕だらけの
顔全体の造作は物柔らかで割合と整っている、なんてことに気づいたかもしれない。
ただ全体として身に
「こんなところに城があれば、ああいう
表情も言葉も
「――だよねえ。本当に。これを建てた当時はよかったんだろうけど、後始末もちゃんと考えないからこういうことになるんだよ」
応じた声は高く澄んだ響き。
「人間なんて、生きてもせいぜい四、五十年なんだから。使わなくなったんなら、そのとき取り壊せばよかったんだ」
小首など傾げ、物柔らかに甘やかに続く。
「それでどうするの? あそこに引き
着古して裾のほつれた白い長衣に身を包んだ細い
金の髪は、短刀で適当に切ったと思しき不揃い感。
肌はつるりとしていたけれど、蒼白くて精気に欠ける。目の下にはどんよりと濃い
全体的に、どこか病がちで
ただそういうアレコレを差し引いたとして――文句なく
年の頃は、十代の半ば。長い金の
血色や
「城攻めの用意なんてしてなかったでしょ? まさか可愛い子飼いの兵たちを無策で突っ込ませる気?」
暗い月光が照らすその姿は、どこか
「どうするって、そんなの――攻城兵器を使うに決まっているだろう?」
つい先ほど城攻めの用意はないと指摘されたにも関わらず、そんな応えを返す。
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