獣の烙印 棄てられた、おとぎばなしの復讐劇

模倣未満

罪の末路

序章 瞳に映るもの

 おかあさんが教えてくれた、を思い出す。


 人を襲う恐ろしい“怪物”と、それに立ち向かう勇敢な“騎士”の話。


 いろいろなお話があったけれど、結末は大抵同じ。

 

 “騎士”の活躍で、“怪物”は討ち倒されて、人々は平和に暮らせるようになりました。


 捕われていた姫も救い出されました。騎士と姫は結ばれることになりました。


 めでたしめでたし。そういう筋書きの、ありふれた幻想。


 だから、いま幼子の瞳に映るのは、きっととして語られるはずのもの。


 に選ばれた、世に蔓延はびる、あらゆる『悪』と『戦う者』たち。


 けれど、かつての


 ため息が漏れるほど、綺羅綺羅きらきらしい白銀の鎧具足を身にまとい、目を疑うほどに巨大な剣を握る、勇壮美麗な存在。


 目を惹きつけて止まない輝きでありながら、同時におそれるべきもの。奇跡と災禍のあざなえる化身。


 慮外りょがいの得物が振るわれるたび、巻き起こる暴風は、まるで嵐さながら。

 

 白刃は、あらゆるを分かつ概念の具現。触れるもの全てに断層を生む。


 悠久ゆうきゅうを刻む大樹もなんのその。大地の息吹、不変不動の質量塊たる大岩だろうがおかまいなし。


 歴史も、物性も、在り方も、すべて無価値と破断した。


 ――ならば、いまその天災地変たるに対峙している存在はなんなのか?


 まばたきも許されず、はしり続ける絶死の颶風ぐふう


 刻む刹那せつなに身命を削り、吹き荒れ続ける破滅をいななし、らし、あるいはかわして、――たもとである、勇壮なる“騎士”に、鈍くひらめく凶器を突き立てる。


 おとぎばなしに語られた、“騎士”に相対するものは、“怪物”のはずだ。


 だというのに、それは、どう見てもただの人だった。


 あの輝ける“騎士”の力は、もはや人という規格から外れていた。同じ形をしただけの、まったく異なる生き物でしかない。


 この先、幼子は、あれに辿り着くことができるだろうか?


 きっと、とてもとても難しい。まるで、空の星を目指すどころか、その手に掴もうとする無茶無謀。聞けば誰もが、笑うだろう。


 けれど、その荒唐無稽こうとうむけいの一端。手を掛けるものが、目の前に。


 人が辿り着ける術のみをもって、に挑んでいた。


 勇壮だなんて、とても言えない。美麗さなんて、もっての他。汚泥でのたうつもがきも同然。


 憎悪と怨嗟えんさかてにして、ひたすらに殺意を吠え猛るその姿は、病に狂った獣にも似て。


 対峙する“騎士”にとり、さぞかし、惨めで、不様で、醜悪だったろう。


 けれど、――いま瞳に映るもがきが、どれほどの難行で、どんな犠牲を払い、如何いかなる辛苦の果てに辿り着いた地平なのか。そんなこと、きっと満足に答えられる者はいない。


 幼子もまた、おぼろげに感じるだけで、想うだけ。手足の伸びきらない小さな身体では、そこに有るつかむことは、まだ難しい。


 だから、言葉を失って。ただ、この戦いを見ていた。


 見続けていたのだ。


 ▼▲▼


 これは、きっと少し未来さきにある景色。


 物語は、ひとまずから。

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