第16話
喫茶シャルルは、開店以来最大の賑わいを博していた。
商店街に面しており、普段でも客足は途絶えないが、ここ数日は観光客と地元の人でごった返していた。
氷川の父親は、カウンターで忙しそうにコーヒーを淹れては客席に運んでいる。
木戸は店の隅にあるテーブル席に座っていた。隣には氷川がいる。塚本は反対側の座席でアイスコーヒーにミルクを入れていた。
「今日も告白を?」
「もちろん。5時になったら行こう」
木戸が問いかけると、時計を見て塚本が答えた。
あれから一週間が過ぎた。総合体育館の事件は思わぬ影響を街にもたらした。塚本の肉吹雪がネットで中継されていたことで、各地から観光客がやってきた。ネット上では解像度の粗い塚本の画像が出回り、「サクラキラー」と呼ばれた。
サクラキラーはどこにいるのか。探すものは後を絶たないが、塚本に辿り着くものはいない。警察は塚本たちの証言に裏付けを取るとすぐに公表を控えた。塚本に興味を持つこと自体が脅威になると判断したのだ。
「ねぇ」木戸に氷川が呼びかける。
「なんでアンタは爆発しなかったの。みんな全身バラバラになったのに」
木戸はメロンソーダのストローから口を離す。木戸の両腕の袖が空調で揺れた。
「塚本の友達をやめたからだよ」
「どういうこと」
「塚本は最初、生贄がいないと告白できない、その生贄は友人でなくてはならないと言った。だったら、友人を辞めれば済む」
「そんな簡単に出来るの」
「木戸流の十八番は心を殺すことだ」
「じゃあ、今は友達じゃないのか」
塚本が割って入った。
「少なくとも乗り越えるべき壁ではあるよ。陰指として負けたままなのはな……」
塚本の唇に薄っすらと笑みが浮かんだ。
「それじゃあ……」
「パパ! レモンケーキ2つ!」
空気が張り詰めそうになるのを、氷川の注文が止めた。
氷川の父親が素早く反応する。氷川たち三人の前に皿を置いた。拳サイズの半球状のケーキがのっていた。
「ちょっと! わたし頼んでない」
「七海も好きでしょ。おふたり、娘の友達?」
父親が坊主頭をつるりと撫でた。
木戸と塚本は首を振った。
「あそう」と父親は、しょんぼりした顔を見せた。
「こういうのは皆で食べるといいんだよ。七海、友達できるといいね」
「もういいから!」
いたずらな笑顔を見せて父親はカウンターに戻っていく。
「なんか氷川さんに似てるね」
塚本は嬉しそうだ。氷川は黙々とレモンケーキを食べている。照れるのか口が必要以上にもごもご動いていた。
「俺もいいか」
氷川が動く前に、塚本が木戸の口にレモンケーキを運ぶ。咀嚼すると唾液がじゅわっと湧きだしてくる。ホワイトチョコの甘味とレモンの爽やかさが口に広がった。
「美味いな」
「そう?」
「そういえば、絵は完成したのか」
ふと、木戸は思い出した。美術の課題は締切が近かった。
「出来たよ。見る?」
氷川は胸を反らして自信ありげに応えた。
「もちろん」
「見てみたいな」
「ふふっ、ちょっと待ってて」
氷川がカウンターの奥にある扉へ消えた。
しばらくして裏返したキャンバスを抱えた氷川が降りてくる。
「じゃん」
木戸たちに絵を向けた。塚本が感嘆の声を上げる。
木戸は自分の心が高鳴るのを感じた。
キャンバスの中には桜吹雪の中、白い洋城が佇んでいた。城の外壁の装飾はどこかあの鎧に似ている。窓の一つからは少女が顔を出し、桜吹雪に手を伸ばしている。細かな筆のタッチが絵の美しさを際立たせていた。
あの時、鎧に身を挺して守ったのは無駄ではなかったのだ。木戸は絵を隅から隅まで見ていた。
「きっと額に入れたらもっと映えるね」
「あったり前よ」
塚本の言葉に氷川は珍しく同意した。
「あ、5時だよ。告白はどうすんの」
時計を見て氷川が訊いた。
木戸と塚本は視線を交わす。
「6時になってからだ。まだケーキも残ってる」
塚本はレモンケーキを口に運ぶ。次いで、木戸にも分けてやった。
今日も桜は舞う。
【了】
生贄にならないあなたへ 電楽サロン @onigirikorokoro
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