第14話
髑髏の怪人、木戸阿刀勢が氷川を覗きこむ。歯の隙間から冷たい呼気が漏れている。死を司るような圧が氷川にのしかかる。負けじと阿刀勢の眼を合わせた。
「アイツに生贄にされたんだ。それでアタシに八つ当たりってワケ?」
氷川が鼻で笑う。手が震えないように握りしめた。
〈塚本も大したものよ。奴を殺して我々はさらに高みを目指す〉
「どうだか」
阿刀勢は氷川の動揺を見透かしたように、眼窩を光らせる。
〈安心しろ。お主が見ることはない〉
氷川の背筋に冷たいものが落ちる。
〈よい余興であった〉
阿刀勢が氷川の額に指を置いた。
氷川の心臓が早鐘を打つ。先ほどのドナテロを爆殺せしめた技をやるつもりだ。
「あんたも爆殺できるなんてね」
〈もとより木戸流の技なり〉
阿刀勢は戯れに指を氷川の隣に座った老人に乗せた。
〈爆ぜ船〉
何か老人が言おうとした時だった。ぼすっとボールから空気が抜けるような音がした。また、桜が舞った。
「最後に桜のカラクリを教えてよ」
〈指の微妙な振動が骨を共振させ、爆ぜさせる〉
「へぇ……器用なんだ。塚本は体質と言ってたけど」
髑髏が愉快そうに嗤った。
〈凄まじい体質よ。彼奴の微妙な声の震えが爆殺振動を成していたのだ。緊張の告白と好意は彼奴に思わぬ贈り物を施したのだろうよ〉
「アンタはそれを指先で出来るってわけ。でも、そんなに分かるのにアイツに負けたんだね」
髑髏頭が短く息を吐いた。
〈次は勝つ〉
再び、氷川の額に指が置かれた。
阿刀勢の指に力が入るのを覚悟した時だった。
破壊音とともに、会場の扉が蹴破られた。
阿刀勢の意識が扉に向いた。
観客席の位置からふたつの影が見えた。
「ああっ! 新たなチャレンジャーです!」
アナウンサーの実況が息を吹き返した。
塚本と木戸だった。
「待たせたね」
片目をつぶった塚本が言った。
髑髏に笑みが浮かんだ。実際には、顎をわずかに開いただけだったが、その場にいる人間にはそれが口角が上がったように見えた。
〈来い!〉
阿刀勢は氷川の襟を掴むとそのまま浮かび、リングに舞い戻った。コーナーの上に着地して新たな挑戦者を見下ろした。
〈塚本!〉
阿刀勢は踏み込み、右貫手で切り込む。内臓を突き破る一撃。ドナテロを貫いた木戸流〈簪〉だ。
塚本は上半身を縮め、紙一重で躱した。
観客がどよめいた。
「凄まじいッ! なんというボディコントロールだ! アリの再来です! ヒッ!」
阿刀勢が睨みつけ、塚本たちに向き直った。
〈戦え〉
「お前がやるのは俺じゃない……」
木戸が一歩前に出た。
〈お主は不要!〉
阿刀勢の興味は塚本にあった。
〈塚本、儂らは塚本に勝つことで陰指に一本近づくのだ〉
「それこそ、不要」
木戸は体勢を低くして構えていた。武者散しの構えだった。木戸流に伝わる一撃に全力を込める構えだ。追い込まれ、刀の折れた武士が敵に囲まれた時に思いついたものだという。右手と左手を地面に擦れるほど低く構えている。
〈傷ついたその身で、零指を一撃で屠るなど夢のまた夢〉
「試してみればいい。負けが増えるのは嫌か」
塚本の軽口は、阿刀勢を刺激した。
〈ふ……〉
阿刀勢は左膝を抱え込むようにして姿勢を低くした。両手をの三本貫手に握りこみ、肘は天を向いている。腕の先は脱力させていた。中指は背中を過ぎて腰に触れていた。
〈儂らが零指、鍛え続けた年月は合わせて千年を超える……祖なる武者散しを稽古してやろう〉
「気をつけて! そいつはもう桜吹雪にならない!」
氷川の言葉に塚本が笑った。
「やってみなきゃ分からないよ」
開け放たれた入口から風が吹きすさぶ。風に唸り声が混ざった。老いた声、若い声が入り混じる。
ふたりは彫像のごとく固まっていた。
阿刀勢が戦の昂りに笑みを浮かべる。呼応するように、木戸の周りを無数の笑い声が通り過ぎる。
木戸は目を瞑り、右脚を蹴った。阿刀勢に迫る。
〈その驕り、正してくれる〉
左脚が膨らむ。阿刀勢が消えた。遅れて爆音とリングが破壊される音が追いかける。
「氷川さん! 好きだ!!」
互いの貫手が交差する瞬間、塚本が叫んだ。
また、桜が舞った。
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