第2話

「昨日はごめん」

 教室で塚本が木戸に謝罪した。

 塚本は本当にすまなそうな顔をしていた。太く整った眉が八の字になり、白く形のいい歯を隠した唇の端が下がり、申し訳なさを演出している。

 正直、こんなに顔の整った男が、自分に対して誠心誠意謝っているのは危ない。精神的に優位に立っているのが気持ちよくなってしまいそうだ。

「それで……、どうしてその体質に気がついたんだ」

 木戸は湧き上がる邪念に蓋をして言った。

「俺、自分から告白したことなくてさ。初めて氷川さんに告白しようとして気がついたんだ」

「それで浦野くんに来てもらった?」

「いや、浦野くんの前に北村くんに来てもらったよ」

「じゃあ北村くんの時……」

「待って。北村くんの前に井口さんがいた」

「じゃあ井口さん……」

 木戸が話を進めようとすると、再び塚本が止めた。

「ごめん待って。井口さんじゃない。その前に津村くんがいて、その前に……佐々木さんだ。俺に勇気が足りないんだと思って来てもらったんだ」

「佐々木、津村、井口、北村、浦野、か」

「それで合ってる。まず佐々木さんと告白した」

 佐々木恵は、塚本と同じ環境委員会だった。陸上で焼けた肌が健康的で、廊下まで笑い声が聞こえると、大抵隣に塚本がいた。

「そうしたら」

「爆発した」

「次は?」

「自分の告白で人が死ぬなんて誰も思わないだろ? だから、津村くんに来てもらって告白した」

 津村凛は塚本の後輩だ。元々、小学生の頃から家が近く、仲が良かった。集団下校の時に、凛を揶揄う上級生を塚本が打ち負かしたのを、木戸は見たことがあった。

「そうしたら」

「爆発した。台風が近い日で破片がすぐに飛んでった」

 塚本は昨日の出来事を話すように言った。

「次は……井口さんか。待ってくれ」

 井口香織は一学年上の先輩だ。木戸の所属している文化祭実行委員会の副委員長だった。

「塚本は井口さんと友達じゃないだろ」

「だからだよ。生贄になったのは友達だけだったし、他人だったらどうなるのかなって」

「そうしたら」

「告白できなかった」

「でも、井口さんも学校来てないよな」

「ああ」と塚本が目を伏せた。

「井口さんも木戸と同じで疑ってた。告白できなかったのが逆に盛り上がって、もう一回告白しちゃった」

「そうしたら」

「爆発した」

 普通ならいきなり告白に同席させられたら気味悪がるだろう。それを仲良くなれる機会に変えてしまう塚本を木戸は恐ろしく思った。

「北村くんはどうなんだ」

 北村悠助は、同じクラスの男だ。塚本と班が一緒で、真後ろの席に座っていた。数学が得意で、分からない問題を訊く塚本の姿をよく見た。

「本当に友人がトリガーになるのか気になったから、念の為、もう一度告白した」

「そうしたら」

「爆発した」

 木戸はため息を漏らす。

「……整理しよう。塚本が好意を持っている相手じゃないと告白は成立しない。告白には生贄がひとり必要で、生贄がなければ告白できない。友人でないと生贄認定されない、だな?」

 塚本が頷いた。平然としている。

「氷川さんを諦めるのは」

「無理だ。もうどんどん死なせて可哀想に思ってもらうしかないよ……」

 泣き言とは裏腹に、塚本の表情は変わらなかった。

 浦野、北村、井口、津村、佐々木、他にも学校問わず行方不明の生徒が既に出ている。塚本は記憶の奥にしまっているだけで、まだまだ肉吹雪にしているに違いなかった。

 それを脇に置いて塚本は平然としている。

「木戸くん。僕は人を好きになっちゃダメなのかな」

 目が潤んでいる。塚本が目を伏せるとまつ毛に涙が朝露のようについていた。

 その時、木戸の全身の産毛が立った。塚本の無意識な美しさが引き金となったのだろう。塚本の背後に髑髏の山を幻視したのだ。赤い髑髏たちが顎を開き、絶叫している。死臭で鼻が曲がりそうな凄絶な景色を塚本は見向きもしない。驚くほどに自分しか見えていない男だった。途轍もないエゴはこの男が生き続ける限り、未来永劫貫いていくのだと直感した。

──きっとこの男なら

 木戸は一つの希望を塚本に見出していた。目を瞑り、息を吐き、深く吸った。

「祖父に会ってくれないか」

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