数学=魔法の世界

奇想しらす

百マス計算回廊編 プロローグ

西数学術学院、練習場。

「×2!」

「タカ! お前まだ掛け算を使えないのか」

先生はいつもより厳しく眉間にシワを寄せながらタカに説教する。

「すいません!」

「周りの奴は既に修得しているというのに」

「……×11」

タカの隣に居たヒゲンが一瞬で目の前にある二枚の落ち葉を二十二枚に増やしてしまう。

「さすがだな、ヒゲン」

「はい」

「それに対して、タカは……」

「見てろよ、ヒゲン、絶対にいつか越えてやるからな!」

「クスクス」

周りの生徒が笑う。

「くそーー」

「楽しみにしてる」

ヒゲンは青と白の髪を触りながら言う。

 放課後。

「速く帰れよー」

「「はーい」」

多くの生徒が教室を飛び出し、帰っていくが、タカは居残りになってしまった。

「掛け算は、古代の東にある里が作り出し広めた、数術である……わーけ分からん」

「頑張れ、掛け算さえ出来れば、後は応用なんだ」

「いっつも、それ言ってますよ」

タカは教科書を閉じ、帰りの支度をする。

「おいおいおい、なに帰ろうとしてんだ!」

「俺、門限五時なんで」

タカは鞄を持って、先生が諦めるまで逃げた。

「巻いたか?」

「タカ」

「うわっっっっ!」

背後からの声にタカは肩を震わす。

「なんだ、ヒゲンか」

「いつもここに来るから、待ってた」

「掛け算出来るからって、調子乗りやがって」

「タカの方が得意だと思ったんだけどな」

「なんで?」

「だって、掛け算は足し算の派生のようなもんだから。タカ、足し算得意でしょ」

「おう!」

「そこ誇んなくて良い」

「足し算なら誰よりも出来る自信ある」

「……タカ、百マス計算回廊っていう噂、知ってる?」

「百マス計算回廊?」

いつも居残りを受けて、友達と話す時間が短いタカは学校で流行ってる噂を知らなかった。

「知らないのか、僕も本当かは知らない、けどこの国の近くにある山にあるらしいんだ、百マス計算回廊って場所が」

「へえ」

「そこでは、時間の流れが人によって変わるらしい、五分で出てきた人もいれば、三時間も掛けて出てきた人もいるらしい。けれど出てきた人たちは皆同じ経験をして、同じ事をしてるって言うんだ」

「変なの」

「今から、行かない?」

「俺、門限五時なんだけど」

「学校の時計は遅れてるから、まだ五時じゃないよ。それに噂の山はここから五分位、山もそんなに高くないし、十分で帰ってこれる」

ヒゲンからの熱い視線を送られた、タカはやれやれと折れる。

「分かった、行く」

「やった」

ヒゲンはタカの手を引っ張り急かす。

「草が邪魔」

山に入った、二人は草を掻き分けながら、進んでいく。

「なんか懐かしいな」

「うん、そういや昔もこういう感じで、入ったね」

「その時は西から伝わる巻物が山の古い蔵にあるって言って、二人で迷子になったな」

「その時はタカが誘ったんだっけ」

「バカ、お前だよ」

小さいときから、一緒に遊び育ち学んできた、二人が思い出話に花を咲かしていると、二人は落とし穴にはまり、落ちた。

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!」

「長くない?」

底が見えない落とし穴の中で、二人は必死にお互いの体を引き寄せ、着地について話し合う。

「どうする」

「ええと、ええと、カバンを落として、クッションにする」

「「それだ!」」

二人は自分のカバンを落とす。

「+3」

「×2」

2(元々あったカバンの数)+3×2=8、したがってカバンは八個になる。

「お、底見えた」

「眩し」

底には明かりが灯っており、二人の目を刺激した。

「落ちてきた?」

カバンが予想通りクッションとなり、二人は安全に着地した。

「良くきたのぉ」

二人の前に杖を持った小柄のお爺さんが現れる。

「どちら様ですか?」

ヒゲンは恐る恐る、警戒心を強くして聞く。

「ワシは、マス仙人、大昔にこの世界の世界の『マス』を作った者、今はここ、百マス計算回廊に隠居してるおじちゃんじゃ」

「百マス計算回廊……まさか」

「ほんとにあった!」

噂が本当であった事に喜ぶヒゲンを見て、マス仙人と名乗る老人は質問する。

「お主たち、百マス計算回廊に何か用があって来たのか?」

「え? ええぇとぉ……」

「はい、強くなりたくて!」

「なるほど、では早速」

マス仙人が準備をしようと奥の部屋に行こうとした所で、タカは聞く。

「すいませーん、俺門限五時なんで、帰って良いですかぁ?」

「ちょっと、タカ、なに言ってんだ」

「門限か、それは仕方無い、では明日もう一度ここに来い」

「分かりました」

「待っていろ、今帰してやろう」

マス仙人は近くの機械を触り出す。

「えっと、こうしてこうじゃったかな? ……ほいっと」

マス仙人がボタンを押すと、タカとヒゲンは町の市場に送られた。

「戻ってきた?」

タカが困惑している間に、ヒゲンは素早く状況を判断する。

「じゃあなぁ、タカ。また明日あそこの木の下で待ち合わせなー」

「おい待て……行っちゃった

タカは家に帰り、ノートに今日の事を書いて寝た。

これはいずれ、世界を救う四人の勇者の、その内二人の前日譚である。

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数学=魔法の世界 奇想しらす @ShirasuKISOU

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