5.『同名の私たち(ミラーリング・フレンド)』

――アデルが声を聴いて入った袋小路、そこに声の主たちの姿を見つけて物陰に隠れる。


……小さな背丈の外套で顔を隠している、声からして、恐らく少女が一人。

そして少女に声を掛けている、あからさまに"宜しくない"タイプの不審な冒険者が三名。

その三人の中の頭らしき男は、それなりに礼儀を以て接しているらしい。

片膝をついて、視線の高さを合わせて少女と話を交わしているようだった。

三人そろってスキンヘッドに、頭から首に掛けての入れ墨が無ければもっと紳士的だったかもしれない。


「……えっと、それはつまり、おじさまは……"魔邦資格管理局の悪い人"たちをやっつけようとしてる、正義の味方様、なのかしら?」

「ああ、賢いなァお嬢ちゃん。そーいう事さ、アイツ等、裏じゃすっげェ悪いことをして、人を困らせている。だからおじさん達はそいつらの言う事が嘘だって事を皆に教えてやろうとしてるのさ」

「……そう、そうなのね。確かに、嘘はとっても、とっても悪いことだわ。私も、爺やには嘘をついてはいけませんよって口を酸っぱくして言われるんですもの。そしたら、きっと、おじ様たちは正直者で――良い人、なのね?」

「……ははは、お嬢ちゃんは物分かりが良いンだなァ。そう!そういうことさ!おじさんは嘘ついちゃいねーぜ?全部本当のことさ。だから、……お嬢ちゃんには、その嘘がどんな事なのか、一緒に来てくれたら教えてやれるンだけど……どうかな?」


聞き耳立てて聞こえた内容に軽く頭痛を覚えた。

これは相当簡単に丸め込まれていると見える。

――――これは相手の口八丁より、少女の純粋さに非を感じる気もする。

この話の流れからして、放っておけばこのあからさまに人攫いの類のチンピラ共に少女は連れ去られ、どうなることか。

その先で少女はろくでもない目に遭い、二度と戻ってこれなくなるのは確定だ。


(……関わり合いにゃ、なりたくねェが)


"だから"、アデルはゆっくりと物陰から歩き出していた。


「おい」


自分で思ったより、ドスが効いていたかもしれない。

夕暮れの袋小路に響き渡るのにぴったりな、張り上げた鋭い声。

その場にいた全員がビクリと反応して一斉にこちらを見ていた。


「あ?何だテメェは……?」

「お姉さん、だあれ?悪い人?」

「ッ……はああ……」


頭痛がした。不審な冒険者たち以上に鋭く反応したのが、今にも騙されて攫われそうな少女だった。

歩み寄っていく毎に、少女の方が警戒心を見せるように下がっていく。

よりにもよって、あのハゲ頭のリーダーの陰に隠れるようにさえしていた。

これではどっちが悪役か分かったもんじゃない。


「誰でも良いだろ。おいガキ、ちょっとお前は後ろに下がってろ」

「……悪い、お姉さん?とっても怖い顔して……おじ様?あの人はだあれ?」

「……は、ははは、はははは!!ああ、ああ大丈夫だぜお嬢ちゃん、そうさ!あの女、あの背中に持ってる武器!アレは魔邦資格管理局の奴が使ってる武器、銃だよ!危ない道具をこれみよがしに持ってるんだ、きっと悪い奴だぜ!!だから……おじさんたちが護ってやるよ」

「ああ、そうだな。じゃあ、それでいいや」


……袋小路の入り口を背負って立つアデル、横に並んで少女を後ろに隠す三人の不審な冒険者たち。

見たところ武器は腰に下げたショテル型の片刃剣。三人ともお揃いだ。


そして、外套で顔の伺えない少女。

そもそも、こんな辺鄙な所に居るには恰好が"小奇麗"だと感じた。

喋り方、認識、それから……綺麗な白い外套は、遠目でもかなり質のいい布に見える。黄昏時が近づく金色を反射し、きらきらと光っている。

迷い込んだのか、こんな所に?一人で?

考え込んで、言葉が途切れている。

無言の間に違和感があったのだろう、こっちを見ていたリーダーの男が、妙にムカつく顔で睨みながら手首を振って煽ってくる。


「…………おい何だァ?威勢よく登場したのに黙りこくっちまって、見なかったフリして回れ右すンなら今のうちだぜ?」

「……うるせェ。ちょっと黙ってろ」

「……ッてめェ、あンま調子乗ってっと……!!」


たった一言で逆上しながらショテルを抜き放つ男――より、その後ろにいる少女をアデルは見ていた。


端的に言って、場所が、やりづらい。この狭所でぶっ放せば、間違いなく少女を巻き込む。ヴァーレルを吹っ飛ばした時のような範囲限定の魔邦弾丸でも、距離が近すぎると被害を与える。

なので、銃は、使えない。


使わなくても、いい。




「……ああ、まとまった。よし待たせたな、良いぜ、掛かってこいよ」

「……お前等、この女やっちまうぞ!!」

「「おう!!」」


おお、なんと良い連携か。言葉だけはバッチリタイミングが良い。

こういう悪事を繰り返してきたのか、三人で行動する期間が長かった冒険者共なのか。

左右の二人がショテルを抜いて、揃ってこっちに向かって斬りかかってくる。

なるほど、右利きと左利きだ。こちらも綺麗に分かれている。

左、右、それぞれ斜めから振り下ろすように飛んでくる利き腕からの斬撃に対し、

――――アデルはひょいっと、その場から後ろに一歩跳んだ。


「アっと?!」

「ッ危ねェ?!」


これだけでいい。思いっきり振り下ろしながら刃の通り道が交差すれば、必然的にお互いの攻撃が当たらないように意識するため、バランスを崩す。

お互いが手前に一歩引くように動いたから、これで真ん中が通る。


ヴァーレルの黒い雷を空へと避けたあの時のように、身体強化の魔邦がアデルの足を覆った。

光の筋が、膂力を跳ね上げる。爪先で地面がゼリーのように削れる。

隙を晒した二人の間を、渾身の力で、ただ、全力の。


――――胸が地面すれすれに掠れる程の前傾姿勢で、アデルの身体は水平方向に向かって、弾丸の如く『発射』される。風より疾く、雷のように。

その場で真上に飛べば、空へと姿を消せる程の力を、余すことなく前向きに爆発させたことで、ふらついた二人の間を、アデルの身体が圧し通る。


「ぐわあァっ?!」

「ぎょあッッ!!」


左右の壁に突き抜けた衝撃でそれぞれがぶっ飛ばされ、背中を強かに打っていた。

まさか目の前に向かってくるとは思わなかった棒立ちのリーダーが、目を丸くしながら迫りくるアデルの顔を見ていた。

無論、真っ直ぐだ。

迫ってくるアデルの姿に、怯む顔の皺の寄り方まで、はっきり見える位の距離。


「く、くそッ!!来るな!!来るんじゃ――」

「そうかよ、じゃ、ここで"止めてやる"」


――――軽い爪先の蹴りが地面をたたく。

翻った足を頭上から、頭の下まで、全力の振り下ろし。

風を切る音は最早全力の剣撃よりも鋭く、かつ豪快な音を纏う。


腕と武器を交差させるガードを、真上から叩き割る渾身の"踵落とし"が。



「ッッッッがァッ!!」


――ボギャアァッ、というド派手で鈍い音が、叩きつけられた頭蓋の中から響き渡った。

零距離で銃を撃ち込んだってそんな音が出るはずもない、物理的な衝撃で言えばそれ以上のものがあった。

けたたましい音を立てて、全身に纏った装備が、めり込んだ地面の上でひしゃげながら飛び散ると共に、哀れなハゲ頭に真っ赤な踵の痕を刻みながら顔面は地面に叩きつけられる。

威力が完全に炸裂しきった後の空の勢いを、両足を振った空中の姿勢制御で殺しながら、……後ろに棒立ちしている少女の前に着地した。


「ッ」

「……、ンだよ」

「……ぶ、物騒だわ、とっても……痛そうで……で、でも……!!」

「……」



――――一瞬で三人が袋小路のゴミに変わった光景は、まぁ、ともすれば少女の如何にも純粋無垢そうな心には毒な光景だったかもしれないが。

怯えられるよりも、その声の震え方がどうにも、知っているものではない。


例えるなら、そう。




「……華麗……なのね……!!」

「……はっ?」


恐ろしい掌返しで、外套の下からうかがう目がキラキラしているのが見える。

陽射しの逆行で暗い黒を落としたその向こう側からの、羨望の眼差しを受けたアデルは、

さっきまで怯えて警戒していた時とは違う意味で頭痛を起こしていた。

子供っていうのは、何でこう、こう。


「……勝手に褒めてろよ。てか、大丈夫かよ、怪我とか」

「……へ、は」

「け・が・だ・よ」

「……」

「……その様子じゃ、何もされてねェって事でいいな。別にお前が、どうなってようが俺にとっては関係ない話だけど」

「……ぁの、それは、つまり……私のこと、心配、して……くれてるのかしら?」


余計に頭痛が酷くなってくる。今なら眉間に寄った皺で何かを挟めそうな位だ。

軽く爪先で地面を叩き、苛々を地に逃す。

困惑し続ける子供の面倒を考えるのにだってこれから少し悩むことにもなろうに、一癖、いや二癖はありそうな目の前の少女との会話が、アデルにはとことん向いてない。

だけど、……あながちそういう意味でここに入り、助け、声を掛けていたといえばそうだ。否定することもできない。

――癪なことに、さっきまであのハゲがやっていたように地面に片膝をついて、その外套の下の顔を覗き込みながら、声を柔らかくするように意識して。



「……そうだよ。それでいい。もう勝手に心配してたって事にしていい。お前に怪我か怖い目にか、何かしら被害が及んでないかの確認だ」

「え?あ、あの」

「まだ怖いか?ああ、怖がっていい、だが返事はしろ。大事な確認だ、お前の安否のな」

「…………な、ない、のだわ。あの、お姉さんは」


お姉さん。不服だが、指摘はしないでおく。

女呼びを嫌う気質は、目の前の少女に直接的な関係はないことだ。

仕方なくもう少し聞こえやすく、顔を近づけた。


「俺がどうかしたか?」

「お姉さんは、その……良い人、なの?」

「――あ?あ、……」


良い人。……良い人?

質問の意図を汲み取りかねて、間抜けな声が出ていたかもしれない。

眼の前の少女の声が一瞬遠くなる。

難しく考えることではないだろうが、一瞬考えてしまってから、首を捻りながらアデルは、ぽつりと返事を告げる。


「……別に、良い人じゃねェだろ」

「そうなの?」

「良い人ってのはチンピラの頭を踵で蹴り落としたりしねェよ」

「……」


身を乗り出すようにして、アデルの身体の横から後ろに倒れた男たちの様子を窺っている。

アデル自身も念の為振り返って確認するが、どうやら三人とも起き上がる気配はない。

後で魔邦資格管理局の担当にでも通報しておけば、拾いに来てくれるはずだと興味を外すと、もう少女の視線はアデルを見上げていた。


「……ンで、お前はこんな場所を一人でほっつき歩いていたって事で良いのか?」

「一人?いえ、いいえ!本当はね、爺やと一緒にお散歩してたのよ?でも爺やったら、道に迷っちゃったのかしら。はぐれてしまって、探さないとって歩いていたら……その、おじ様たちが話しかけてくれて」

「そうかい、そりゃご親切なこった。そのまま話し込むままだったらお前、攫われてたかもな」

「……え、っと、そう、なの?」

「……やんごとない御身分なのは見て理解る。お前、どこぞのお嬢様、みたいなもんじゃねェの?」

「やんごと……?」

「はあ」


溜息、頭痛。眉間に皺が寄った。何にしろ、このまま放ってじゃあな、という訳にもいかない。

片膝をついてしゃがみこんだままで、片手を差しだし、少女の手が取るのを待つ。

手に対して向けられる視線に怯えの色などはないが、一向に取る気配がないのを怪訝な顔で睨んだ。


「……ンだよ、その爺やとやらを探しにいくぞ。少なくとも爺がこンな所に一人で入り込むのは酷が過ぎる」

「そんな事無いわ?爺や、昔はとっても強かったそうなんだから。……それにね、私、爺やから『知らない人の手をとってはいけません』って口を酸っぱくして言われているの」

「……」


外套の下からの視線を睨んだまま、音のない溜息を重ねて吐く。

要するに自分は、知らない人の扱いだ。そこで倒れている不審な冒険者共と、認識的に差はないと。

子供の言葉だから気にする訳ではなかったが……じゃあいいか、と手を引っ込め――られなかった。

……知らない人の手を取る少女の手があったからだ。細い、小さい、かといって不健康でもない。少女が未だ未成熟である事は、掌だけで理解る。


「あ、あの、違うのよ?だから、その、知らない人はダメだけど……これから知り合いになる人なら、良いはず、だから」

「……頓智を効かせンなよ」


この場合、諦めて名前を伝えればいいかと。




……少し風が強めに吹いた。金色の髪が靡いた。

風の音に紛れないように、少しだけ強めた声で、諦めたような声で。少し投げやりに。


「アデル。ハンターをやっているだけの、ただのアデルだ」

「!!」


それをまるで合図にしたかのように、強い風は尚強く、大きく吹き荒んだ。

それで、少女の顔を覆っている外套が、その容貌を隠すことをやめて、剥がれた。

その瞬間、まるで世界の時間の流れが一瞬、その拍を遅らせたような気がした。


「あなた、私と同じ名前なのね!きっと素敵な事なのよ!」



――――目を奪われた、きっと、見惚れた。余りにも綺麗に、花が咲いたような、

黄金の黄昏時が、広がった金色の髪を彩っていた。

アデルの瞳を貫いた、緑柱石(ベリル)の瞳がキラキラ輝いていた。

満面の笑顔で、少女は――。


「アデル……アデル!私の名前も……」


――"アデル"は笑った。


「アデル!あなたと同じ、ただのアデルよ!」

「…………アデ、ル?」






――――――黄昏時。その日、その時刻。世界は二人のアデルを出逢わせた。

黄金の黄昏時、誰もが見惚れる世界の宝物の時間で、やっと出会い、見つけられたかもしれないものだと、風は嘯いていた。

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Adele 『魔邦冒険譚』 -魔弾の射手と黒竜の許嫁- @natuzora0324

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