はさみ
私は鏡の中の彼女と十三分ぶりに目が合ったので、鋏を握り直した。
「今日はどうされますか?」
鏡に向かって言ってみると、彼女は大きくあくびをかいて、眠そうな瞳をふいと逸らした。
私は椅子に座っている。彼女はその後ろに立って、私の髪の毛を弄びながら夢現の狭間でダラダラしている。あくびのたびに彼女の目から溢れる涙が、床に落ちて硬質な音を立てる。
彼女の髪の毛は本物で、大蛇のような生命力があった。そのつやつやしい髪に鋏を入れることが私の仕事であった。
彼女は私の質問に答えないまま、とうとう瞼を閉じて寝息を立ててしまった。彼女の身長を優に越す長さの髪は、こうしている間にもどんどん成長して、この狭い部屋を埋め尽くしてしまいそうである。私は仕方なく、椅子に座っていて届く距離にある髪を一房手に取ると、鋏で少しずつ切っていった。
切れるところをあらかた切ってしまって後ろを振り返ると、彼女は自分の髪の毛に埋もれてうずくまっていた。
「あの、あの……。私が立ってあなたが座って、切ることにしませんか」
私は自分の言葉が彼女に通じるかとても不安になりながら、恐る恐る声をかけた。彼女はどろっとした重たい瞼を大義そうに僅かに持ち上げると、猫が尻尾を振るだけで感情を表現するように、ぱちぱちと瞬きをするだけで無関心な肯定を伝えてくれた(少なくとも私にとってはそれが肯定の意思の表明に思えた)。
私は彼女の体を抱き起こした。彼女には本物の腕があり、脚があり、重さがあり、命があった。私の腕はその質量を支えるに堪えず、ぐずぐずに壊れてしまった。床に落ちた鋏が金属質の悲鳴をあげた。
彼女がか細い呻き声をあげて寝返りを打った。その動きに合わせて蠢く大蛇に私は全身を飲み込まれた。
鋏の悲鳴が続いている。
夢日記 川下キク乃 @kikuno_k
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