ちょうつがい
赤い三角コーンを退けて路地裏に入ると、そこには無数の扉があった。さまざまな色と形をしているが、一つとして同じものはない。私はそのすべてにどこかよそよそしさを感じた。しかしその正体が分からなくて、ただ佇み、セーラー服のリボンを着けたり外したりして扉たちを眺めていた。
「でも、鍵を持ってないでしょ?」
後ろから声がした。
「鍵を持ってないんだよ。鍵が無くちゃ……」
その人は小さな、しかしその喉から私の耳まで一直線に届く明瞭な発音で言いながら近づいてきた。その人は頭から黒いマントを被っていて、周りとの境界が曖昧であった。ただ、大きくて丸い二つの目だけが明らかであったが、その目は私を捉えず、忙しなく動いて扉の一つ一つを順に見ていた。
私は鍵の在処を知っていた。ここから歩くと二日かかり、帰ってくるのに三日かかる場所に、小さな鉄製の鍵があることを知っていた。
私は走って鍵を取りに行った。実際は行くのに一日かかり、帰るのに四日かかった。向こうで一日休んでいたので、再び戻ってくるのに合わせて七日かかった。
赤い三角コーンを退けて路地裏に入ると、今度は一つだけ扉があった。それは新設の小学校のトイレみたいな、背中から線路へ落下したときの視界みたいな、人工雪みたいな白色をしていた。
鍵を回して中に入ると、あの人がいた。黒いマントの中の巨大な目が、また忙しなく動いていた。そしてその右目が、ぴた、と、私を、強烈なコントラストをもって、とらえ、また、離れていった。
「鍵を持ってたんだね」
「うん、私も想定外だったけど、そういうことになったらしいの」
「でもなあ、もっともっと、無くちゃ……」
私は他の鍵の在処も知っていた。それは五個先の星の王都のカフェの、窓際の席の伝票差しの、目論見の虹を渡った先の、六段梯子に隠されていることを知っていた。
「夏が終わるよ」
私たちは同時に言った。ちょうつがいもそう言っていた。
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