はね
この山に不浄な者が入ることは禁ぜられていた。就中女人絶対禁制である。丸坊主の枯木が山を埋め尽くしていて、花は無く、獣もいない。頂に建てられた仏閣に仏さまがおわしますばかりであった。
私はこの山の麓に毎晩通っていた。私はまだ幼かったから、このような寒々しい、寂しいところにいらっしゃるのでは仏さまがお可哀想であると思って、女人禁制のことも知らず、日毎野花を腕いっぱいに摘んできては、それを山道の入り口に置いていた。
ある日、花を置いて帰ろうとしたときに、ふと、枯木の間に何かひらひらしたものを認めたので、私は不思議に思って山道に踏み入った。そのひらひらしたものは蝶であった。黄色の羽へ黒い模様が規則的に広がっていて、細く長い脚が弱々しく枝に掴まっていた。私が近寄ると、蝶は花弁の散るようにはらはらと地面へ落ちていった。
私はその蝶を手でそっと掬い上げた。模様がついていると思った羽は、よく見ると酷くぼろぼろになっていて、その破けたところから覗く闇が黒く模様を作っていたのであった。しかしその破け方があまりに完全であって、よく目を凝らして観察しなければなかなか分からない。蝶は力なく横たわり、羽を僅かに震わせていた。その微動する黄色は唯一の色彩であった。その黄色が模る闇は、蝶の途方もない一生のすべてであった。しかし頑是ない子どもの悲しさには、その凄まじい一生を頭に描くことすらできなかった。
やがて蝶は動かなくなった。私はそれをしっかり、優しく、掌に包み込むと、持ってきた野花たちの上に据えた。花は既にくたくたと萎れて、色を失っていた。やはり蝶の羽の黄色だけが本物であった。──。
私はあの枯れた木々が燃され山が切り崩された今も、ただ一人、あの蝶の小さな羽を弔うている。
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