くしゃみ

 店先に小さなりすが来ていた。私は可愛いお客さまを歓迎しようと思って、木の実を詰め込んだ瓶を持って彼女のところへ向かった。

 彼女は小さな手足でちょろちょろ走り回りながら、さまざまな花を見て楽しそうにしていた。

 私は鼻を啜ってから、彼女の気を惹くように瓶をカラカラと振ってみせた。

「久しぶりだね」

「久しぶりだよ」

「もう来ないのかと思ってたのにね」

 私がくしゃみを噛み殺しながら言うと、彼女はほっぺたいっぱいに木の実を頬張りながら笑った。

「私が来るんじゃないよ。私のところに君が来るんだよ」

 私は小さなお皿に木の実を追加して、「そうかもね」と呟いた。

 私は昔からワゴンに花を乗せて方々を売り歩いている。場所を決めるとそこに店がわりの大きなテントを張って、さまざまなお客さまにお花を売ったり、花を育てたりして暮らす。私は花粉症を患っているので、毎日目の痒みや鼻水などの諸症状に悩まされている。それでもこの稼業が好きであった。

 いつどこに店を移動するかは全く私の気まぐれである。だから私のお店に同じお客さまが二度来ることは珍しい。私はお客さまの顔を覚えられないし、私の名前をお客さまに教えたことも無い。私はかつての春風になりたくてお花屋さんを始めたのである。

「きっと君はまた来るよ。だからまた木の実をたくさん集めておいてよ」

 彼女は木の実を食べてしまうと、体の割に大きなふわふわの尻尾を振りながら、あっという間にどこかへ行った。

 私は大きなくしゃみをした。

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