くしゃみ
店先に小さなりすが来ていた。私は可愛いお客さまを歓迎しようと思って、木の実を詰め込んだ瓶を持って彼女のところへ向かった。
彼女は小さな手足でちょろちょろ走り回りながら、さまざまな花を見て楽しそうにしていた。
私は鼻を啜ってから、彼女の気を惹くように瓶をカラカラと振ってみせた。
「久しぶりだね」
「久しぶりだよ」
「もう来ないのかと思ってたのにね」
私がくしゃみを噛み殺しながら言うと、彼女はほっぺたいっぱいに木の実を頬張りながら笑った。
「私が来るんじゃないよ。私のところに君が来るんだよ」
私は小さなお皿に木の実を追加して、「そうかもね」と呟いた。
私は昔からワゴンに花を乗せて方々を売り歩いている。場所を決めるとそこに店がわりの大きなテントを張って、さまざまなお客さまにお花を売ったり、花を育てたりして暮らす。私は花粉症を患っているので、毎日目の痒みや鼻水などの諸症状に悩まされている。それでもこの稼業が好きであった。
いつどこに店を移動するかは全く私の気まぐれである。だから私のお店に同じお客さまが二度来ることは珍しい。私はお客さまの顔を覚えられないし、私の名前をお客さまに教えたことも無い。私はかつての春風になりたくてお花屋さんを始めたのである。
「きっと君はまた来るよ。だからまた木の実をたくさん集めておいてよ」
彼女は木の実を食べてしまうと、体の割に大きなふわふわの尻尾を振りながら、あっという間にどこかへ行った。
私は大きなくしゃみをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます