夢日記
川下キク乃
くらげ
私は知らない海にいた。空には知らない月が浮かんでいて、砂浜に知らないくらげが打ち上げられていた。潮風が私の髪に絡みついて、すぐに興味を無くして吹き抜けていった。
私は海に膝まで浸かって、手の中の懐中時計を見つめていた。これも私の知らない時計であった。しかし私はこの時計の秒針にだけは見覚えがあった。秒針は根本から折れて時計の中で横たわっていた。それは私が大好きなピンク色であった。
ふと時計から視線を上げると、女の子、が、月を背負って立っていた。彼女は頭にたくさんのひとでを飾りつけていて、人魚姫のように肌が白く、果物みたいな小さくて瑞々しい唇を小規模に動かしてにこにこ笑っていた。彼女が着けているひとではすべてがピンク色をしていた。
「私の時計とあなたのひとでを交換してください」
私は彼女の天の川のような髪の毛に見惚れながら、覚束ない手つきで懐中時計を解体した。慣れないことをしたので時計が壊れてしまったが、彼女はその故障した時計をにこにこしながら受け取って、代わりにそのきれいな、ぼこぼこした、ピンク色のひとでを私の髪の毛に着けてくれた。
「あなたは、この海と、月と、時計を知っていますか?」
彼女の声は、裸足で踏みつけた砂に混じった、粉々の貝のきらめきの、その二番目の輝きのようであった。
私は顔のにきびを気にするようにひとでの表面をさすってしばらく困ってしまったが、やがて小さく頷いた。
「では、あのくらげを知っていますか?」
「……はい」
私は次は小さな声で、少しにやにやしながら肯定した。初めて吐く嘘は私を緊張させた。
先ほどまでくらげが打ち上げられていた砂浜をこっそり見遣ると、くらげはもうそこにはいなかった。
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