第2話 スローライフ

 お茶会、というには規模の大きい――皇太后の宮にエマが入るのは初めてだ。

 その大広間には見覚えのある顔がちらほらとある。

 案内してくれたメイドたちは入ってはいけないようだった。


 会場では魔法で食事や飲み物が運ばれている。エマはふわりと浮いている飲み物を受け取った。


 勇者の血筋の他に、彼らをサポートしている人間も呼ばれているようだ。

 エマが仲良くしていたお姉さんの隣には見知らぬ男性がいる。その様子を見るに、貴族ではないようだ。親しい人間も呼ばれているらしい。


「みな、集まったわね」


 リリスの声が響き渡る。


 階段の上からとても美しい女性がエマたちを見下ろしていた。その隣には彼女の金髪と金の瞳を受け継いだ息子が立っている。


「勇者の死に嘆く前に、あなたたちに伝えなければいけないことがあるの」


 リリスはゆっくりと笑みを浮かべた。

 これは完全に、王位にふさわしいのは我が息子、とかそういう流れ……。エマは覚悟を決めた。せめて優しくしてくれたメイドたちが巻き込まれなかったことだけが幸いだ。


「勇者の、悪行について」


 その言葉に会場がざわついた。

 リリスは息子に指示を出して、魔法で何か書類のようなものを投影した。


 『国家崩壊タイムアタック』


 そこから、リリスはとても分かりやすい資料を提示しながら、勇者の改革がいかに無理やり勇者の力に怯えさせて行ったのか、をプレゼンしていった。

 祖父が英雄ではなく、魔王だった話なのに、なんて面白いんだ! 話に引き込まれる!


 勇者は強大すぎる力を持っていたがゆえに、各国は逆らえなかったという。結果的に平和な世界が訪れたが、それは勇者がいたから。


 そしてその子孫であり、密接にかかわる人間にはこれから絶対にその反動が襲い掛かってくるから覚悟しなさい、とのことだ。

 その反動は、貴族の反乱、天変地異、戦争などなどとんでもないものばかり。


「リリスさま、発言をお許しください」

「次の皇帝になる子ね、発言を許しましょう」

「それならなおの事、ブエルさまが王位を継いだ方がよいのではないですか?」


 ブエルとはリリスの子だ。人間と勇者の子はほとんどが孫の世代だが、彼はリリス同様に若いままの姿だ。

 そんな彼が、


「え、やだよ」


 心底嫌そうにそう言った。


「ちなみに、勇者の力を受け継いだ子たちはその争いから絶対に逃げられないし、その番の子たちも暗殺には気をつけなさいね。私は皇太后の座を退いて片田舎の寂れた領地でスローライフを送ります!」

「俺もそっちに引っ越すから、勇者印の回復魔法のために呼び出すのはやめてくれ」


 リリスの発言に慄き、ブエルの発言でさらに戸惑いが大きく広がった。


 リリスの茶会は、どうにか無事に終わった。皇太子は側近とともに青ざめた顔をしていたが、何とかすることだろう。彼は勇者の力を最も強く受け継いでいる。


 祖父の葬式が済んだ後、本当に嫌なことにエマの家には新しく地位を与えられた。階級が上がり、領地が与えられた。

 エマが受け継いだ力が、植物や土地を豊かに、そして水を浄化する<四大精霊の祝福>だったからだ。


 リリスの引きこもる領地の領主になってしまった。


 それもリリスの「スローライフしたいから天変地異とか起きて欲しくないし、事務処理はしたくない」という一言で。


 新皇帝からは、補佐してくれ、という暗に見張れというお腹の痛くなる命令も来ている。そしてエマの父も母も、必死に領地運営を学んでいる。エマは現地サポートしてほしいということで、リリスとブエルが一村人として住んでいる村に住むことになった。

 監視役だ。


 それでも、ゆっくりと過ぎる時間は嫌ではないし、伝え聞く他の勇者の子孫の多忙ぶりに比べれば全然マシだった。


 ある者は戦争を止めるための外交へ。ある者は勇者が各地に張っていた結界を修繕するために常に世界を移動。貴族たちが名誉を復活させようと画策していたり……。大恋愛だったはずの勇者と姫の話が、強大な力を持った王に貢物として姫を差し出した話になって伝わっていたり。


 それでも勇者が大往生してくれたおかげで、リリスがどうにか最小限で済むようにさまざまな手続きや法の整備をしてくれていた。

 これは彼女がのぞいた勇者の世界のものだという。


 そしてその世界を見たからか「邪神だけど、知識チートで息子と田舎でスローライフします!」などとリリスはふざけていってくる。

 エマはその言葉に怒るものの、リリスに見惚れてしまって直接は怒れないでいる。混乱した国で、エマはそんな悩みを抱えていた。

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勇者が死んだ!大往生! 夏伐 @brs83875an

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