最終話 満月の澄んだ空、私たちはベランダで星空を眺める。

「外はもう完全に真っ暗だね」


 心音が、私の身長より大きな南側の窓を見て言う。

 時刻は二十時を過ぎていた。


 窓の半分はベランダの柵で塞がれており、それより先の景色は見えない。

 座ってる位置から少し見上げると藍色より少し濃い空、そして不規則に光る星が顔を出しているのが見える。

 このお家の南側は、ひらけており遮るものがない。

 閑静な住宅地で、その一番南側の端。

 海は少し遠く、自転車では二時間くらいかかるけど。


 このお家は、割と立地が良い場所なのだ。

 少し高台にあるので、沼津市街の夜景はよく見える。

 

「ベランダに出ようよ」


 心音に問いかける。


「いいねっ」


 ニコッと笑って立ち上がった。

 部屋の中心にあるサイドテーブルをかわし、大きな窓に向かう。

 床にパタパタと足音を刻み窓へ向かっていた。


「窓、開けていい?」


「いいよ」


 心音は、窓の中心にあるストッパーを左手でコトンっと回し、レバーを下げる。

 そして右手でガラガラと開けた。


 すると冷たい夜風が舞い込む。

 カーテンはスカートのように揺れ、ふわふわと波を作っている。


「寒っ。ちょっとジャケット羽織るよ」


 言って、心音はベッドの上にあるジャケットを取りに行く。

 確かに寒い。部屋着のままでは風邪を引いてしまう。

 私も、とりあえず上着を羽織ることにした。

 

 そして二人でベランダに出る。


「すごいっ。今日快晴じゃん! 星が見えて……あれは一番星かな? あと満月だったんだ!」


 雲一つない夜の空はとても幻想的だ。

 私は日中も好きだけど、夜のこの空の方が好きだ。

 月明かりに負けない、空一面に続く力強い星の光、強すぎず、弱すぎずな月明かりはよく見ると黒い斑点のようなものも見え、日中にはない、夜だけの表情を見せる。


 そしてはしゃいでる心音は、私の気分も上げてくれる特効薬。

 こんな心音は久しぶりに見た。

 誘った甲斐があったな。

 私の右側に、心音。

 心音の左側に、私。


 ほんのりと体温を感じる。

 外と体温では温度が違いすぎるせいか、とても伝わってくる。

 

 ベランダの手すりが氷のようであまり長く触れない。

 吐く息が白い。

 心音がいるからだろうか。

 外の気温はあまり感じない。


 心音がしっとりとした声で呟いた。


「あのさ、私わかったんだよ。永遠について」


「またその話?」


 私はふふふっと笑った。

 実はこの話は結構な数聞いた。

 まだ答えを探していたのか。

 いつもとんちんかんな事を言ってて、聞く分にはどんなことを言ってくるのかいつも興味があった。


「うん! あのね……永遠なんてなかったんだよ。いつか必ず終わりが来る」


 私は頷き、「それで?」と心音に問いかけ、心音を見る。


「だから、私は永遠を信じることにした。信じている間は永遠に続く。それが私の答え」


 なるほど、と思った。

 珍しくまともな答えを聞いたような気がする。

 話している時の心音は、この暗闇に光る星のように目がキラキラしていた。

 

「いい答えだと思うよ。一番しっくりきたかも」


 私は頷き、言う。


「だからね、私は信じたい。この綾音と一緒にいる時間を」


 心音の声音は熱がこもっていた。この寒い気温を吹き飛ばしてしまいそうなほどに。


「綾音、私、綾音が好きだよ」


 瞬間、私に近づきキスをした。

 まるで私の拒否権を封じるかのように、口を塞いだ

 情熱的で真っ赤なキス。

 この瞬間、外の気温なんか吹っ飛んでいた。

 


 ――ずるいよ。心音。



 息ができない。これはキスによるものなのか、気持ちの高ぶりによるものなのか、わからなかった。


 私も心音が好き。

 だけど、口が塞がれていて言えない。

 言いたいけど、一旦キスをやめることになる。

 それは嫌だ。


 私はこの選択にはどうしたらいいのかわからなかった。


 ……だけどきっと、時間が解決してくれる。

 そう思いながら、私は静かに目を瞑った。 

 

   ☆★☆


 ……長いキスだった。



「私も心音が好きだよ。永遠に」


 心音の頬に触る。

 桃のように色づいた心音の頬は、私の心臓をさらに鳴らす。


「私、発見したよ。小さな発見だけどね」


「なになに?」


 心音はずいっと私に近づいた。


「私も永遠については終わりがあると、さっき言われて気が付いたの。私はほとんど一人で過ごしていて、孤独を感じてた。けどそこに心音が現れて、それ以来孤独をあまり感じなくなったの」


「うん」


「どこかで心音との永遠を信じていたんだと思う。で、孤独という永遠はあまり信じたくなかった。だから孤独は終わったんだと思う」


 言った瞬間、私にきつくハグをした。


「綾音……。大好きっ」


 耳元で囁かれ、私は心音を見れなくなる。

 こんな顔を心音に見せたくないのが正しいかもしれない。

 心音の吐息が耳にあたって、くすぐったかった。


「苦しいよっ。心音」


 私たちのこの関係は、星みたいに永遠になれるのかな。

 私はそう思いながら、心音を抱きしめる。


 しばらくして、恋人繋ぎをしながら星空と夜景を眺めた。

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【短編】満月の澄んだ空、私たちはベランダで星空を眺める。 量子エンザ @akkey_44non

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