第8話

辺りは白と黄色に彩られている。







...懐かしい。


空気が眩しい。


太陽は見当たらないのに、明るくて暖かい。




懐かしい。



愛おしい。




なんだろう、この花、かわいいな。


もう、アンズの木はないのかな。




浮遊感が心地いい。


もういっそ、ここが死後であってくれないか。


それなら今すぐ、またここにずっと。



あはは、全然忘れてないや。


3年も経ったのに、昨日のことのように覚えてるよ。



セツナ。



セツナ。





またあのときの無邪気な笑顔を見せて。


どうかずっと離れないで。


離さないで。




私が離れていこうとしても、またあの時みたいに袖を引いて。





セツナはどこ?



花を踏まないように慎重に歩く。




「この切り株...」




切り株。


忘れもしない、根元に変な青白い傷がついたアンズの木だ。


セツナと抱き合ったのは、この木の下だった。




あのときのこと、あなたの体温、声も匂いも、言葉もぜんぶ覚えてる。



ずっとセツナのことばっかり考えてたよ。




ずっと忘れなかった。


だってあなたのこと考えてる時が幸せだから。


あなたのことを思い出してる時が、どうしようもなく心地いいから。





現実なんてどうでもいい。


髪が伸びたって、呆けて授業が終わったって関係ないよ。


殴られても蹴られても、お母さんいなくても、大丈夫。





セツナ。



またあのときの笑顔を見せて。



セツナ。



またその明るい声で笑わせて。



セツナ。



またその温かさで抱きしめて。



セツナ。



セツナ、セツナ、セツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセツナセ「ツナセツナセツナセツナ」




「トワ?」


「セツナ」





「トワ!」




「......え?」



後ろから声がした。



セツナの声だ。3年経って落ち着いた、少しだけ大人っぽくなった、セツナだ。間違いない。


振り返るの、緊張する




「...いつからいたの?」



「ずっといたよ!」





まだこの感覚を味わいたかったから、

背を向けたままで。





「ずっとって」




「トワ、目の前しか見てなくって気づかなかったんだもん。」




「......」






振り返った。



あの頃より少し伸びたけど、艶やかで綺麗な髪。


少しだけ憂いを帯びた瞳に、やっぱり整った顔立ち。




恋しい。愛しい。





...抱きしめて欲しい。






「私のこと、覚えててくれたんだ?」




覚えてたよ、ずっと、忘れない。ずっとあなたのことだけ




「トワ、つらそう。大丈夫?」





あなたのことだけ考えてた。好きな時間はあなたを考えてるときで、つらいときもあなたを考えてた。ずっと。




「ねえ、聞いてる?」




セツナ、ああ、近いよ、あ、髪、いい匂い。好き。だいすき。かわいい。まだあの時の匂い。ずっと、ああ、落ち着く。




「トワ!」






「んあ...セツナ、かわ...どうしたの?」



「どうしたのじゃないよー、ずっと暗い顔して、私の声なんて届いてないみたいで。」



「あ...ううん、ごめんね、なんでもないよ。」





「うん、?」



「.........」




「きになる!」






体に制御がきかない。


気がついたときには......





「わっ、トワ!びっくりした〜」



「あ...ごめ...」



「ううん、離さないでほしいな」



「......」



「私だって、したかったし!」



「セツナ......」




ああ...もう、なにもいらない




私が生きるために、これ以外のことなんて邪魔でしかない。



あったかい。あったかいな......



セツナを感じる。



このまま潰してくれてもいいのに。






「ね、トワ。」



「......」




ごめんね、無視してるわけじゃないの。


今はただ、あなたを感じていたくて。




「.......」



「..........」





わかってる。


わかってるよ。


これ、夢なんだよね。


知ってるよ。





でも、それでもいい。


いつか終わるとしても、


いいんだ。





私はきっと、もういない。


それでいいんだ。


いっそ存在しなければ、


もうずっと、ここに。





「......はぁ」



「どうしたの?トワちゃん」



「あ、ううん、離さないでほしい...」



「うん、もちろん。それで?」



「あのね」



「うん」



「さめないでほしいなって....」



「......」



「あ...」



「そうだね、私も。」



「......うん」





しばらくの沈黙が流れる。



心地いい。


















































好き。



大好きだよ、セツナ。


ねえ、ずっと私のことしか見ないでよ。



私の事、必要としてくれるんだもん。


いなくならないで。




私ね、ほんとにどうしようもなくて。


ずっと、ずっとずっと自分がいない世界ばっかり考えちゃってさ。




でもね、セツナ。



あなたといる時だけは、私がここにいていい気がするんだ。


私には、それだけでいいの。




でも少し欲を言うなら、できればこのままずっと抱きしめていてほしい。



少し欲を言うなら、これからもずっと私のそばにいてほしい。



少し欲を言うなら、あなたも私のことを考えていてほしい。



少し欲を言うなら、私のことしか考えないでほしい。



少し欲を言うなら、私以外のひとと関わらないでほしい。



少し欲を言うなら、あなたの周り......






...ううん、いっか。



たとえ感情のなかだけだとしても、まだそれは思ってはいけない。






少なくとも、まだ。

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