第10話 のんびり まったり ひとつずつ


 悩みに悩んだ末。

 手術することにしました。





 手術を決断した、一番の理由。

 それはやはり、創作活動でした。


 もっと書きたい。もっと表現したい。

 自分に残された唯一の夢。





 今年の頭に症状が進んでから、執筆活動はほぼ停止状態です。

 中編と短編を1本ずつ書いただけ。

 ここまで書かなくなったのは何年ぶりだろう。そう思ってました。


 書くのは正直しんどいです。

 仕事もあるし、休日もゆっくりしたい。

 書きながら、自分の文才のなさに涙するのも辛いです。

 目が見えないことを言い訳に、パソコンから遠ざかりました。


 ですが逆に。

 ゆっくり休んでるはずなのに。

 仕事もやめたくなって。

 負のループに入りました。


 辛くても書き続けることで、自分の中にある世界が少しずつ形になっていって。

 その時感じる喜びを、すっかり忘れていました。

 その喜びがあるからこそ、仕事も頑張れてたのに。


 それがなくなって。

 何もしない日々が続いて。


 いつの間にか自分の中に、「何やってるんだろう」との思いが強くなっていきました。

「なんで生きてるんだろう」と悩むようになっていきました。

 自称、適当楽観主義が闇落ちしていきました。


 せめて書けるようになった時の為、物語を考えよう。

 見えなくても、それぐらいは出来るはず。

 そう思って、考えた物語約10本。

 どれだけ書けるか分からない。でも、1本でも多く形にしたい。

 その思いが後押ししてくれました。

 手術を受けよう、そう思いました。





 6月13日。

 紹介された病院初受診。

 その日は診察のみで、後日手術になるとのことでした。


 担当は若い女の先生でした。

 目の写真を見て何度もうなずく先生。そして一言。


「じゃあ今からオペしましょうか」




 えええええええええええっ?




 いやいやいやいや、待って待って。今日は診察だけじゃないの?

 そう思ってたから、心の準備も出来てないよ?


「それって、どっちの目からするんですか?」


「両方ともしますよ」


 えええええええええええっ?


 両眼同時にオペするのはありえない、そう聞いてますよ?

 ほんとにやるの?


 混乱しまくってる栗須を見て、笑顔の先生。


「どうします?」





 栗須は思いました。

 どうせいつかはするんだ。丁度いいじゃないか。

 日取りを決めたところで、それまで不安な時間を過ごすだけ。

 それなら今、何も考えずにやった方がいいかもしれないと。


 失敗? あるかもしれない。

 そういう運命を背負ってるんだから。

 でももういいじゃない。その時に後悔しようよ。


 これまでの人生、後悔の連続でした。

 あの時こうしてたらよかった、そんなことだらけです。

 今更ひとつふたつ後悔が増えたところで、大して変わらないんじゃない?


「お願いします」


 腹をくくりました。





 レーザー治療は初めてでした。

 瞳孔を開く目薬、麻酔の目薬を差して機械の前に。


 目にぬめりとした何かが当てられ、そこに向けて先生がレーザーを発射。

 カチッ、カチッと何度も何度も音がする。


 痛みはありませんでした。何をされてるのかも分からない感じ。

 音だけが響いてました。


 そうこうしている内に、手術終了。

 あっという間のことでした。


 何とあっけない幕切れ。

 手術をしたという実感もないまま、栗須は帰路につきました。




 その日はよく見えませんでした。

 瞳孔を開く目薬を差した為、光が異常に入ってきて。

 世界が真っ白。

 しかも顔を洗った後で、その光が更に強くなった気がして。

 何だか怖くなってしまい、早々に寝ることにしました。





 翌朝。


 目を瞑ったまま眼鏡をかけ、ベランダに。


 絶望と後悔の準備も万端。


 ゆっくり目を開けました。


「……」




 おおおおおおおおおおおおっ!

 なんだこれ! 見えてる、見えてる!




 世界が一変してました。

 建物の輪郭までクリアに見えて。

 濁りが全くなくなってました。

 そのままスマホをチェック。


 おおおおおおおおおおおおっ!

 文字が! 文字が読める!

 なんだこれ、なんだこれ!





 気が付けば涙が溢れてて。

 自分のことでこんなに泣くのは、久しぶりでした。


 しばらくして、レコーダーを起動。

 手術の後、どうしても確かめたかったことがありました。


 録画しておいたアニメ、「お兄ちゃんはおしまい」の視聴。


「……」




 おおおおおおおおおおおおっ!

 こんなアニメだったのか! こんなキャラだったのか!

 見える、見える見える見えるううううっ!


 見えなかった時、自虐的に爆笑しながら視聴した「おにまい」。

 でも今、それがはっきりと見えて。涙が止まりませんでした。





 術前の栗須の世界は、例えるなら、VHSの3倍速でったものを、更にダビングした孫テープ。

 術後の世界はブルーレイ画質。

 それぐらい世界が変わってました。


 あまりの変わりっぷりに、脳が追い付かない感じで。

 それから1週間ほど、頭痛で大変でした。

 初めて眼鏡をかけた人が、見え過ぎて頭痛になることがありますが、まさかそれを経験することになるとは思いませんでした。


 その日から、栗須の世界は変わりました。

 新しい命をもらったような感覚。

 嬉しかったです。

 最終戦績。6勝4敗。





 でもまあ、視野が欠けているのは相変わらずで。

 視界がクリアになった分、余計に見えてないことがよく分かるようになったのですが。


 この1年ほどで、またかなり進行したようです。

 現在右目も、2割ほどしか見えてません。




 失明カウントダウンは続いています。

 いつか必ずやってくる、その日。


 でも、それでも。

 今こうして見えてることが幸せです。

 ひょっとしたら、これが栗須にとって最後のボーナスステージなのかもしれません。

 そう思い、早速新作の執筆を始めました。


 あわてず、くさらず、ぼちぼちと。

 のんびり、まったり、ひとつずつ。


 出来る事をやっていこう。

 そう思ってます。





 自分は普通の人に比べて、見えてる世界がかなり狭いです。

 普通10見えてるとしたら、栗須は3ほどしか見えてませんでした。

 それが1ぐらいにまで落ちて。

 手術のおかげで2見えるようになって。

 たった2しか見えてないのに、嬉しくて泣いてしまいました。

 普通の人の5分の1見えただけで涙が出る。

 こんな小さな幸せを感じれることを、心から嬉しく思いました。


 当たり前なことに喜びを感じれる。そう思うと、こういう病気になったのもよかったのかもしれません。





 長々と書きましたが、以上で栗須の手術体験記は終了です。

 最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


 栗須が読者様に訴えたいことは3つ。


 1つは、目を大切に。

 緑内障は、60歳以上だと10人に1人はなるそうです。40歳を過ぎたなら、1年に一度は視野検査を受けた方がいいと、お医者さんは言ってました。

 早期に発見・治療すれば、生活に支障をきたすこともないでしょう。栗須の様に放置してると、失明に向けて一直線に突っ走ることになります。


 また、緑内障の原因として挙げられることのひとつに、遺伝があるそうです。

 栗須父も50代の頃から、目薬を毎日差していました。緑内障だと聞いたのは、ずっと後になってからでしたが。

 あの時遺伝のことを知っていたら、また違った未来になってたかもしれません。

 もし近親者の中に緑内障の方がいるなら、特にご注意ください。


 2つ目は、お医者さんに自分の意見をはっきり言うこと。

 嫌がられるかもしれませんし、クレーマーだと思われるかもしれません。

 それでも、おかしいと思った事、してほしくないと思ったことはしっかり伝えるべきだと思います。





 そして3つ目。

 これが一番大事。


 高校野球のシーズンは、手術を避けるべきです(心の叫び)。



***********************

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

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あわてず くさらず ぼちぼちと ~緑内障に関する覚書~ 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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