第31話 物的証拠

 ☆角田校長の過去②☆


 この18年の間に家族でまた一緒に暮らしたい、奥さんの生活を支えたい、娘に不自由をさせたくない、と本気で考えていた角田校長は必死に勉強をしていた。そして試験を受けて教頭になり、そして校長になり現在に至る。


 その過程で色んな家族の生活環境を見てきた。様々な家族と話し合う機会があった。その結果として若い頃の奔放さはなくなり、禁酒という方法を選び真面目に生徒のために働いた。


 そして自らを省みて、人の弱さや相手の心をおもんぱかれる校長になったのだった。


 こんな背景が角田校長にはあった。だからこそ葉積用務員の酒癖の悪さを我が事のように心配し、彼の家族にも同情した。


 葉積用務員の内情を知り、若い頃の自分自身をみているかのようだった。葉積用務員の好きなお酒を飲みたい、賭け事を楽しみたい、という気持ちも分かった。


 角田校長は賭け事はしなかったが、この葉積用務員の家族の話を聞いて、改めて酒癖の悪い父親をもった家族が何を考えるかを聞いた。第三者視点で見るとお酒を飲んで暴力をふるう父親は、こんなにも家族に恐怖を与えてしまうものなのかと自らを恥じた。そして奥さんに暴力を振るったことを改めて後悔した。


 だからこそ角田校長自身の罪滅ぼしのように、少しでも温情をかけてもらえるように、お酒を飲んでいない時の誠実さや真面目さを話して葉積用務員を擁護した。そしてなんとか葉積用務員の解雇という最悪の事態は免れたのだ。


 18年もの間ずっとお金を送金し続けていた角田校長だ。ここまでお金を送り続けてくれた角田校長に奥さんも心をほだされていった矢先のことだ。


 3年前の忘年会でお酒を墨乃地すみのち先生に飲ませる無海住教頭を止めなかったから、墨乃地先生は酔っ払ってタバコの不始末で火災を起こしてしまったんだ、と角田校長は後悔していた。


 角田校長自身が娘の婚約者・墨乃地先生を事故で殺してしまったようなものだ、と自責の念にかられていた。奥さんも角田校長からこの忘年会のことを聞いていた。

 だから、『お父さんはあなたが勤める学校で校長先生をしてるのよ。お父さんを許してあげて?』と、奥さんは言いだせなかったのだ。


 奥さんが角田校長と一緒に暮らさなかったのは、自分の病と墨乃地先生のこの一件があったからだ。


 娘の桧山先生のことを想えば想うほど、一緒に暮らすという選択肢は考えられなかった。奥さんも角田校長も同じくらい桧山先生を愛していたからだ。娘である桧山先生に拒絶されるのを恐れ、角田校長も奥さんも桧山先生に話せなかった。これが角田校長と亡くなった奥さんからみた真実だった。


 ※


 僕は

「ありがとうございました」

 と過去を話してくれた角田校長にお辞儀をする。


「では、この咲見崎さみさき先輩の殺人事件の真犯人はいったい誰なのでしょう? ここが本当の大問題です。葉積はづみ用務員は校長を守っていた。角田校長は桧山先生を守っていた。じゃぁ、桧山先生はどうだったのか?」


 僕は桧山先生の顔を見て話す。

「須水根刑事が目撃証言の話をしてるのを聞きました。その時、セントルミル中等教育学校の制服を着た女の子は、若い男と歩いていたということでした。角田校長は白髪白髭の男性です。

 警察が手にいれた情報ですから、若い男が誤っているということはないでしょう。だからこそ僕はこう考えます」

 と皆の顔をみて言い放つ。


「桧山先生は咲見崎先輩を守っていたんです。咲見崎先輩と一緒に歩いている若い男に『この男性は誰なのか? こんな場所でこんな時間に高校生を相手にして何をしてるのか?』と問い詰めた。

 その結果、その男はすぐにその場を去った。男が去って行くのを見て、咲見崎先輩は、『なんでそんな勝手なことをするのか』と憤った」


 桧山先生をしっかり見て話す。

「でも桧山先生にしてみれば、こんな夜遅く若い男と咲見崎先輩が一緒にいるなんて、生徒のことを考えれば放っておく訳にはいかない事態です。

 だから桧山先生は『あんな男とは付き合うのはやめなさい』と言い、咲見崎先輩は『余計なお世話だ』と揉めたんです。咲見崎先輩が若い男を追いかけようとしたのを止めるため、揉みあいになり押し返した結果、橋の上から桧山先生は咲見崎先輩を突き落した形になった、と僕は考えます」


 僕は一息ついて桧山先生の反応を見る。けれども桧山先生は何も言わず椅子に座っている。


「これが咲見崎先輩を桧山先生が橋の上から突き落してしまった理由です。でも、このお話には続きがあるんです。もう葉積用務員と角田校長、そして桧山先生は自身が知る全てを話してくれました。

 ですがこのままだと、亡くなった咲見崎先輩が握りしめていたという、たった1個のボタンの説明がつかないんです」


 そして無海住むかいずみ教頭の顔を睨みつける。

「無海住教頭の家から発見された1個だけボタンが外れた咲見崎先輩の指紋付きのスーツ。咲見崎先輩が握りしめていたという1個のボタン。

 この繋がりはルミール橋から突き落された咲見崎先輩は、と考えると簡単に説明がつくんです」


 目が血走っている無海住教頭を見据える。


「川に落とされた咲見崎先輩は自力で、川のほとりへたどり着いていたんです。ですが、そこで無海住教頭と出会ってしまった。無海住教頭が咲見崎先輩を恨んでいたとしたら、どう考えるでしょう? 川から咲見崎先輩がでてきたのを見た無海住教頭が、これはチャンスだと考えたとしたら?

 川から出てきた咲見崎先輩の頭を掴み、川に頭を押し付けて殺した。そのときスーツのボタンを咲見崎先輩が殺される寸前に抵抗しもぎ取った。だから無海住教頭のスーツには咲見崎先輩の指紋が付いていて、奪ったボタンを咲見崎先輩は握りしめていたんです。無海住教頭、まだ続けますか?」


 綺麗にセットされた髪をかき乱して、無海住教頭は唸る。そして口の端を吊り上げまたしてもこう言った。


「残念だ。とても残念に思うよ。実に見事な推理に聞こえる。だがなぁ、この咲見崎の事件に関しても、墨乃地に関しても同じように、私には動機がないんだよ。私には咲見崎を殺そうとするチャンスが仮にあったとしても動機がない。

 目撃証言もでていないんだろう? 私が咲見崎とかいう女生徒と会っていたらもちろん助けたさ。だがその会っていたという事実さえ存在しないんだよ。全て君の妄想でしかないんだ! 残念だったなぁ、高校生探偵さんよ。フフフ、クフフッ……ハーハハッハァ!」


 もうこの発言で逮捕してもいいんじゃないかな、と思うんだけど裁判になっても同じように動機がないの一点張りで、弁護士次第じゃ引っくり返されるかもしれないからなぁ。


 動機、動機とうるさいから動機もしっかり示してあげよう。このあきらめの悪い無海住教頭にトドメを刺す。最初からそのつもりでみんなを集めてもらったんだし、と僕は考えたのだった。

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