第30話 角田校長の過去
僕は桧山先生の話を引き継ぐ。
「これが咲見崎先輩が川に落ちた時のお話です。桧山先生は自分が咲見崎先輩をルミール橋から突き落した、と自ら話してくれました。そして桧山先生は角田校長と口裏を合わせる、という選択肢を選ばなかったということも、お分かり頂けたと思います」
そして
「これが桧山先生が知る咲見崎殺人事件の真相です。けれどもこの殺人事件にはまだ僕たちが知らないことがある、と考えています。だからこそ話を聞かないといけない。角田校長先生が知っている咲見崎先輩の殺人事件と、墨乃地先生の殺人事件について知っている全てを教えてください。お願いします」
と話を促し、それに応えるかのように閉じていた目を開き、静かに角田校長は話しだした。
「まず桧山先生が話してくれたように、私が彼女に口裏を合わせるように言った。そして警察に嘘がバレたら、私が女生徒を橋の上から突き落した、私に脅されたことにしなさいと頼んだ。
そして咲見崎さんのことは何も見なかった、聞かなかった、何も知らない、ということにしなさいと私は言った。桧山先生は私の言う通りにはしてくれなかったが……」
と無念そうに話した。
「だがそれでも桧山先生が私の娘であることに変わりはない。だから私が咲見崎さんを殺したと自供した。桧山先生を……娘を守るためだ。私の妻と娘への罪滅ぼしだ。後悔などしていない」
と静かに桧山先生に角田校長は自分の想いを伝えた。
そして角田校長は静かに僕たち、そして桧山先生に向かって自身の過去の話をしてくれるのだった。
☆角田校長の過去①☆
角田校長の奥さんはご近所の奥さんたちに
「あなたも大変よね。あんな旦那が亭主だなんて。我慢ばっかりして。ねぇ奥様」
と言われる始末だった。
「お酒さえ飲まなければとてもいい人なんですよ」
角田校長の奥さんは答える。夫婦は喧嘩しつつも子供も生まれ順風満帆だった。だが他人に勧められて酒を飲んでは暴力沙汰を起こし、奥さんに迷惑をかけた。
「お酒さえ飲まなければいい人なんです」
と奥さんは相手方に謝罪し角田校長の代わりに頭を下げた。それでも角田校長は
「酒を飲んだ後の記憶がない。記憶にないんだから俺にとっては知らないことだ」
と、そう言った。
酒を飲むと自制の効かない男だった。そんなある日、
「お酒は飲まないでね」
と言われていた角田校長は奥さんのいない間に、隠れてお酒を飲んでいた。最初はちびちび舐める程度で済まそうと思っていた。
だが大好きなお酒をちびちび飲んでいるうちに、もうちょっと、あと一口、もう二口、さらに一杯と増えていき、ついには一升瓶を空にした。
お酒を飲んで笑い上戸になるならまだ良かった。だが角田校長はお酒を飲んでは暴れ、暴力をふるい揉めるのが常だった。
そして家に帰ってきた奥さんが、空になった一升瓶と酔っぱらった角田校長をみて大喧嘩だ。
「なんでお酒を飲んでるの!? お酒は飲まないってあれだけ約束したじゃない!」
と言われた角田校長はお酒を飲んで気が大きくなっていて、歯止めが効かない。
「うるせぇ! 俺が稼いだ金で飲んでるんだ。なんの問題があるっていうんだ!」
と売り言葉に買い言葉で、酒癖の悪さを心配してきた奥さんに暴言を吐き、あげく平手で顔をひっぱたいた上に蹴りつけた。
結果として暴力を受け、身の危険を感じた奥さんは角田校長についに愛想をつかし、子供を連れて角田校長から逃げ出した。
そして残された角田校長は1人で生活することになる。買い物も食事の準備も、後片付け、部屋やトイレ、お風呂そして洗面所の掃除、洗濯、近所への挨拶や連絡事項などなど、あらゆる奥さんがしていたことを自分でするようになる。
そして奥さんの作る手料理と比べて格段にマズくなった毎回の食事と、誰とも話すことができず1人で過ごすことの寂しさを痛感した。
この生活は奥さんのありがたさ、我が子の天真爛漫さとその成長を見られなくなってしまったことの残念さ、それはどうしようもない後悔を角田校長に生じさせた。
この経験を経て、「このままじゃだめだ」と角田校長は心を入れ替えた。お酒を一切飲まない生活を続け仕事もしながら奥さんと子供を探した。そして奥さんと娘が暮らしている場所をなんとか発見した。奥さんの実家に戻っていたのだ。
「酒をやめたんだ。もう二度と酒は飲まないから話し合おう」
と奥さんに謝った。だが奥さんは
「もう元の生活には戻れない」
と頑なだった。
奥さんに信じてもらうには誠心誠意、謝るしかないと角田校長は思った。毎月子供の養育費として、奥さんに決まった金額を送金し続けた。そして奥さんの通帳に18年間ものあいだお金が振込まれ続けた。それは奥さんが亡くなるまでの間ずっと続いていたのだった。
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