第28話 桧山先生の真実

 そこに警官がノックして部屋に入ってきた。須水根すみずね刑事に何かを渡し、耳打ちする。静かに頷いた須水根刑事は笑みを浮かべ

「これが証拠だ」

 ビニール袋のようなものに包まれた小さなボタン1個とスーツ1着を無海住教頭に見せた。


無海住むかいずみ教頭、これはあんたのスーツだよな? さっき裁判所から令状をもらって家宅捜査して見つけたものだ。天井裏に置いてあった段ボールの中に、ボロ雑巾で隠すようにこのスーツが入れてあった。ボタンが外れて1個なくなっているスーツだ」

 須水根刑事は自信満々な様子で話す。


「ボタンからあんたがオーダースーツ専門店で、そのスーツを仕立ててもらっていたのは調べがついていた。そしてあんたの自宅の天井裏から発見された訳だ。そのスーツのボタンは咲見崎さみさきサヤが握りしめていたボタンと一致した。さらに言うならあんたのスーツには咲見崎サヤの指紋もついていた」


 須水根刑事は無海住教頭を追い詰めた、とニヤリと笑みを浮かべて話す。そして僕に先に進めろ、といわんばかりに2つの事件の繋がりを話すよう促してきたのだった。


「いま考えれば誰かをなんて、どう考えても自然です。無海住教頭はそんな親切な人間じゃ

 と僕は須水根刑事に促された先の話をする。


「君は私に喧嘩を売っているのか!?」

「何度も言いますが率直な感想を言っただけです。喧嘩は売ってませんよ?」

 顔を真っ赤にして怒る無海住教頭だったけど、僕は無視して話を進める。


「無海住教頭がアパートから去った後、あなたの想定通り火災になり、墨乃地すみのち先生は焼死体で発見された。そして寝タバコによる火災事故とされた訳です。これが最初におきた殺人事件です」


 無海住教頭はせわしなく顔をハンカチで拭き、歯を食いしばって僕の話を聞いている。桧山ひやま先生は無海住教頭を睨みつけている。 


「そしてさっきのお話の続きです。咲見崎さみさき先輩は、ボタンを1個だけ固く握りしめていました。そしてそのボタンは高価な物でした。

 その高価なボタンが1個だけもぎ取られたスーツが、天井裏に置いてあった段ボールの中に、ボロ雑巾で隠すように入れてあった。そしてそれがオーダースーツ専門店で作ってもらったスーツだった。スーツには指紋がついていたのも須水根刑事が話してくれた通りです」


 無海住教頭は吹き出した汗を拭き、眼鏡をクィクィと落ち着きなく直し続けている。僕はその様子を見ながら話を続ける。


「咲見崎先輩が握りしめていたボタンに、ぴったり合うように仕立てられた先輩の指紋付きのスーツですよ? 無海住教頭、これがあなたが欲しがっていた証拠です。満足して頂けましたか?」


 無海住教頭は下を向いてじっと考え、そして顔をあげ唾を飛ばす勢いで口をあけ僕を罵る。

「まだだ! 私には動機がない。さっきも言っただろう? 私には咲見崎を殺す動機がないんだ! 墨乃地先生に関してだっておなじことだ! 殺す理由もないのに、わざわざそんなリスクがあることをする訳がないだろう!」


 無海住教頭は物的証拠を突きつけられても、依然として犯行を認めなかった。

「まぁ、そうですよね。無海住教頭にしてみれば物的証拠が出てきたのは、咲見崎サヤ先輩の事件だけです。墨乃地先生を殺したという証拠はでてきてません。それに咲見崎先輩の殺人事件も全貌はまだ見えてきませんからね」


 しょうがないなぁと僕は頷く。

「ハハッ、そうだ。フハハッ、やっぱりそうだろう? まだお前の単なる妄想だろう! 私が犯人と決まった訳じゃないんだからな!」


 その発言を無視して

「この2つの殺人事件は繋がっています。墨乃地先生のタバコの不始末による火災事故だ、と思われていたこの3年前の出来事がこの連続殺人事件の始まりです。

 先に物的証拠が出てきた咲見崎先輩の殺人事件の話をしましょうか。さっきの段階では、証拠がなかったので保留にしていたアリバイのお話です。その方がきっと皆さんがスッキリするでしょうから」


 僕は2つの事件を連続殺人事件だとはっきり言葉にして話しだす。ここからは無海住教頭の逃げ道を、全て潰す総力戦だと気合を入れる。じっと僕を睨みつける無海住教頭の威圧など、恐れる必要なんて全くない。僕は自分の推理を信じるだけだ。


「まず最初の時点で桧山先生にはアリバイがなかった。そしてルミール橋の上で咲見崎先輩が桧山先生と口論になった。またそれを見た別の人物は、桧山先生が突き落としたと証言しました。

 そしてアリバイがないせいで疑われた桧山先生をかばって、角田かくた校長が桧山先生とセントルミル中等教育学校にいたとアリバイを主張した。けれどもルミール橋で角田校長が女性を車に乗せるのを見たと証言がでた。

 それをまたかばったのが葉積はづみ用務員という訳でした」


 僕は簡単にアリバイの状況を整理する。

「でも葉積用務員の嘘は突発的だったんでしょう。須水根刑事が追い詰めて見事に論破してくれました。これによりこの3人はみんな嘘をついていた、ということになります。

 葉積用務員は解雇でも仕方ないところを、尊敬する角田校長に助けてもらったからかばった。そして角田校長は自分の愛する娘を守るため桧山先生をかばったんです。

 だとしたら桧山先生が角田校長にかばわれたとき、『それは角田校長の嘘だ』と言わなかったのは何故でしょう?」

 と桧山先生を見つめる。


 桧山先生は発言するのを躊躇とまどっている様子だった。なら僕が話してしまおうと考えた。


「今までの流れを考えるなら桧山先生は、口論になった咲見崎先輩と揉みあった末に突き落してしまった。それを見た角田校長は口裏を合わせるように、と言ったはずです。

 寒い夜の雨の中です。車に慌てて乗せて逃げた。いや、角田校長のことです。きっと川の下流へ向かって車を走らせ、咲見崎先輩が見つからないか探したと思います。

 けれども見つからなかったんです。だから咲見崎先輩の溺死体の第一発見者が角田校長でもなく桧山先生でもないんです」


 下を向いたまま動かない桧山先生だ。

「それならこの咲見崎先輩の殺人事件の動機はいったい何だというのでしょう? アリバイがなかった桧山先生、口論の末に咲見崎先輩を突き落してしまった桧山先生、角田校長から口裏を合わせるように、と言われたはずなのに口裏をあわせていない桧山先生。

 翌朝、咲見崎さんが溺死体で見つかったと聞いたとき、逮捕されるのを覚悟していた桧山先生、溺死体が発見され名乗り出るか心が揺れ動いた桧山先生。

 どれも桧山先生の真実だと僕は思っています。では何故、咲見崎先輩を殺した犯人だと名乗りでなかったのでしょうか? 僕は『墨乃地すみのち先生を殺した犯人を探すため』だと想像しています。いかがですか? 桧山先生」


 僕は桧山先生に疑問を投げかける。グッと両手を握り唇を噛みしめたあと、桧山先生は話しだした。 


「本当に君は見てきたかのように話をするのね。その通りよ。私が咲見崎さんと口論になって揉みあった末に、ルミール橋の上から突き落してしまった。

 呆然としていた私に話しかけ、車に乗せてくれたのが父の……角田校長だった」

 と言って、自嘲気味に桧山先生は自身の過去のを語りだすのだった。

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