第23話 アリバイが崩れた先にあるもの

「そして『若い男と一緒に被害者の咲見崎さみさきサヤがいたが、その咲見崎と揉めていた人物が桧山ひやま莉緒花りおか。つまり井波田いなみだ君の担任のあなただ」

 須水根すみずね刑事はビシッと桧山先生を指さした。それを見てビクッと震え、桧山先生は下を向いてしまった。


 僕は桧山先生を見つつも話を進める。

「当然、警察は桧山先生から事情を聞こうと考えます。ところがそれを防ぐように新たな目撃証言が出た」


 我が意を得たりと須水根刑事は

「その通り、角田かくた校長だ。『角田校長は桧山先生と咲見崎さみさきの死亡推定時刻11月24日の22時から24時頃、一緒にこのセントルミル中等教育学校にいたと証言した。角田校長と桧山先生は年末の授業の予定と終業式、そして新学期に向けて打ち合わせをしていた。ルミール橋には行ってない。桧山先生に似た誰かを見ただけじゃないのか? 雨の中の暗い橋の上の状況で、そうはっきり断言できるものなのか?』と反論してきたわけだ」


 そう怒りの表情を浮かべ発言した須水根刑事とは対照的に、角田校長は目を瞑って黙ったままだ。


「それでも我々警察はあきらめなかった。さらなる証言を集めた。その結果でてきたんだよ。決定的な証言がな」

 角田校長は大きく息を吸って腕を組む。


「『角田校長がルミール橋で女性を車に乗せるのを見た』ってな。3人目の証言がでてきた訳だ。暗かろうが視界が悪かろうが、見間違いなんて言わせないつもりだったんだが……。葉積はづみ用務員が角田校長をかばった。その理由はさっき本人が話した通りだ」


 須水根刑事は本当に聞きたかっただろう質問を角田校長にぶつける。

「角田校長、咲見崎サヤを殺した犯人はあなたなのか!? 答えろ!」

 角田校長はため息をつき、白髭を撫で

「そうだ。私が咲見崎君をルミール橋の上から突き落して殺した」

 とため息をついて、そう発言した。


 これで話は終わりだとでも角田校長は言うかのようだった。黙って椅子に座り、目を瞑っていて心の奥底は見えない。

「角田校長先生! そんな馬鹿な! 何かの間違いだ! 嘘だといってください! 角田校長!」

 と葉積用務員は泣きだした。みんな困惑している。だが、その発言に反論する者はいなかった。


「私が咲見崎君と揉みあいになって突き落し、殺してしまったんだ」

 と角田校長は静かに自白した。


 ……だから僕は訊いてみる。

「咲見崎先輩と角田校長は話したことがあるんですか?」

「何度かある。校長室で話をした」


「なんの話をしたんです? 校長室に呼びだして話をすることが何度もあったんでしょう? もちろん覚えてらっしゃいますよね?」

「学業が優秀だったから褒めたんだ」

「優秀だと知っている生徒が、夜中に男とルミール橋の上を歩いていたんですか?」


「見かけたので心配になったんだ」

「揉めているのを見た途端その場からいなくなり、連絡すらとれないような男と夜中に歩いてるような生徒が優秀なんですか? 僕が聞いた話では咲見崎先輩は金使いが荒くなったって、噂が立つような人なんですけど……本当に校長室に呼び寄せて咲見崎先輩と話をしたことがあるんですか?」


「私が犯人だ!」

 有無を言わせない勢いで話をしようと、僕はそんなことでは止まらない。止まるつもりなんて、さらさらない。


「咲見崎先輩を突き落した理由はなんですか? それに咲見崎先輩は小柄な女の子だったそうですよ。であるならば角田校長と揉みあいになったところで、咲見崎先輩に力で負ける道理がない」


 そして僕は黙ってしまった角田校長と時計を睨み、時間が経つのを待つ。沈黙が支配するその部屋で、僕は1分キッチリ経ったのを見ておもむろに話しだす。


「揉みあいにならないくらい体格差があって、どうとでもできる小柄な女の子を、ルミール橋の上から突き落すなら……それは事故じゃない。明確な殺意があったと考えるべきです。でもそんな発言はいくら待ってもでてきませんでした」


 ハッと息を飲んだ角田校長は

「私がで咲見崎君を突き落したんだ!」

 と叫んだ。


「角田校長、さすがに今さら言われてもちょっと遅いです。……実は角田校長自身が見たんじゃないんですか? 桧山先生が咲見崎先輩と口論になってるのを。

 そして2人が揉みあいになり、桧山先生が咲見崎先輩をルミール橋の上から突き飛ばし、川に落としてしまった。だから桧山先生が咲見崎先輩にしたことを、見たまま話していた」


 それを聞いて角田校長は

「私が殺したんだ! それでいいじゃないか! 私が犯人だと名乗りでているのだから!」

 と、さっきから角田校長は『私が殺した』の一点張りだ。


「全然よくはありません。疑わしきは罰せず、これがこの日本という国のルールです。明確に僕には犯人が分かっています。疑わしいだけなら僕もここまで言いません。でも犯人には罪を償うために罰を受けてもらう必要があるんです。だからこそ角田校長、あなたは殺人犯ではありません。桧山先生をかばっているだけです」


 怯んだのは角田校長だった。机の上の拳を強く握り角田校長は反論しようとするけど、僕はそれを待たずに続きを話す。


「これなら目撃証言ともぴったり当てはまるんです。若い男と歩いていた咲見崎先輩を見た桧山先生は、心配して話しかけた。

 そして男は、揉め始めた二人を見て早々に逃げたのでしょう。そのあと桧山先生と咲見崎先輩は口論になり揉みあいになった。揉みあった末に突き飛ばされた咲見崎先輩は、ルミール橋から川へ落ちてしまった」

 僕の話を聞いている角田校長の顔は真っ青になっていた。

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