第18話 新たな目撃証言

 今日は1998年12月19日だ。転校までの残り時間はあと5日だ。色んな人に話を聞いて回った。捜査は進まず、警察も同じように行き詰っているらしい。


 学校にたどり着き、並ぶパトカーを見て何事かと思った。それで職員室へ向かって走った。職員室では須水根すみずね刑事とその部下から、桧山先生を守るかのように角田校長が立っていた。


 須水根刑事が

「新たな目撃者は『制服姿の女の子と若い男が歩いていた。そこへ現れた人物と口論になっていた。その人物は女生徒と揉みあいになり、橋の上から川へ突き落した。そしてその人物も見た。それが相手に分かってしまったら、自分も殺されるんじゃないかと怖くて、その場からすぐに逃げだした』と言っている!」


「突き落したって……その人物は誰だったって言うんですか?」

 身を乗り出して、思わず僕は聞いていた。

桧山ひやま莉緒花りおか、つまりお前のクラスの担任だ!」

 と桧山先生に指差した。

「本当ですか!? それ!」


 角田校長は

「私は咲見崎さんの死亡推定時刻の11月24日の22時から24時頃に、桧山先生と一緒にこのセントルミル中等教育学校にいた。間違いない」

 と静かに話した。


「角田校長、もしその証言が嘘だった場合あなたも不利になりますよ? 本当にそこの桧山先生と一緒にいたんですか?」


 と須水根刑事の問いに角田校長はゆっくり頷いた。


「私と桧山先生は年末の授業の予定と終業式、そして新学期に向けて打ち合わせをしていた。ルミール橋には行ってない。桧山先生に似た誰かを見ただけじゃないのかね? 雨も降っていただろう? 視界も悪い。見間違いじゃないのかね? 100%桧山先生だったとその目撃者は言い切れるのかね?」

 桧山先生は下を向いていて表情は分からない。

 

 さらに角田校長は話を続ける。

「目撃者は揉めてる人たちの横を歩いて見たのかね? むしろそうであるならば、口論してるのに見ていただけで、声もかけず仲裁もせず素通りしたというのかね? 仮に移動している車から見たと言うなら、外灯も乏しい夜のルミール橋で見たという人物が桧山先生だ、と断言できるものなのかね?」


 角田校長と須水根刑事はお互いを見据える。角田校長の理屈を突っぱねるだけの確証が、須水根刑事にはあるというだろうのか? じっと睨み合う2人を、興味深そうに見ている無海住むかいずみ教頭と目が合った。


 僕の視線に気づいた無海住教頭は

「これ以上の睨み合いは生徒たちにも悪影響を与えてしまいます。今日のところは大変恐縮ですが、これ以上お話をお聞きできないことをお許しください」

 と須水根刑事にできる限り穏便に話した。須水根刑事は部下に「帰るぞ!」と怒りをにじませて引き下がり職員室から出て行った。


「角田校長先生。ありがとうございました」

 と桧山先生は角田校長にお辞儀をした。


「いつも通りにしていればいい。生徒たちのこと、よろしく頼みますよ」

 と角田校長は校長室へ戻って行った。

「桧山先生……大丈夫ですか? 顔が真っ青ですけど」

 と僕は桧山先生に話しかける。


「えぇ、大丈夫よ。角田校長先生が話してくれたし、大丈夫」

 と自分を納得させるかのように話す桧山先生だ。こんなタイミングで悪いなと思いつつも桧山先生に聞きたかったことを聞く。


「色々な人から話を聞いたんですけど、桧山先生の婚約者だった墨乃地先生っていい先生だったんですね」

 一瞬だけ驚いた様子の桧山先生は

「そうね。良い人だったわね」

 と力なく答え、沈んだ様子だった。


「タバコの不始末が原因って聞いたんですけど、それに関してはどう思われます?」

「墨乃地先生、そうね。康太郎墨乃地さんの性格を考えるとヘビースモーカーだったから、タバコの扱いに注意しないっていうのも私はに落ちない。お酒を飲んで泥酔していたっていうのも私には信じられない。一口飲んだだけで顔を真っ赤にさせてた康太郎さんが、飲みすぎるなんてことがあるとは私には思えない」


 桧山先生の目に力が戻ってきていた。

「さぁ、授業の時間よ」

 と僕に話かけた桧山先生を見て、怒りもまた原動力かと思った。


 ◇ 


 探偵事務所に帰ると白川所長は警察の情報を知ってるみたいで

咲見崎さみさきサヤを突き落したのは、桧山先生に違いないと警察は睨んでいる」

 と切り出した。


 僕は下を向きながら

「まだ調べてる途中なのでなんとも言えませんが、桧山先生は人を殺すような人物には思えませんでした。でも、その目撃証言が出た以上、この咲見崎先輩の案件は殺人事件だということで決定なんですよね?」

 と確認するように質問する。


「そうだ。そして我々は探偵だ。この殺人事件の犯人を調べるのが仕事だ」

 と厳然と白川所長は答える。


「犯人だと思いたくない人物が犯人だとしてもですか?」

 コーヒーの匂いを楽しみ、ゆっくりと、そして僕をさとすかのように白川所長は話をする。このまま事件を調べていいのか迷っている僕に白川所長はこう言った。


「犯人が誰かを見つける責任があるのは警察だ。けれども、探偵にとって、いや井波田君にとって本当に大事なのは、君が守りたいと思う人たちが本当に罪を犯してしまったのか? そうではないと立証できる全ての可能性を調べることだ。違うかい?」

 と僕の目を見つめて話す白川所長は、いつになく真剣だった。


「守りたい人の無実を信じて、その可能性を調べなさい。もし仮にその守りたい人が犯人だったとしても、裁判官と検事、刑事、そして犯人も関わるのは全て感情がある人間だ。君の納得がいくまで、その犯行の理由……動機を調べなさい。それが君の迷いを断ち切ってくれるかもしれない、たった1つの可能性だ、と私は思うよ?」


 と白川所長は僕を落ち着かせるように、頷いてゆっくりと話す。そしてコーヒーカップをソーサーに置いて

「今日の捜査報告を聞こうじゃないか」

 と、にっこり笑うのだった。


 白川所長に今日の捜査報告をする。そして白川所長に報告しているうちに頭の中が整理され僕は気づく。そうだ、まだ目撃証言の段階だ。白川所長の言う通り犯行の動機も分かっていない。ここで何もかもあきらめてしまう理由も必要も全くないんだから!

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