第8話 阿武隈 博史という上級生

 白川しらかわ所長に報告を終えると

「『城鉈しろなた缶太かんたを調べてみろ。被害者の咲見崎さみさきサヤと揉めていたぞ』という怪文書がセントルミル中等教育学校に今朝、届いていたそうだ」

 と言われた。


「そんな怪文書が届いてるなら警察も調べるんですよね?」

 と念のため確認する。だから須水根刑事がきたのかなと思った。


「そうだね。警察も当然調べるだろう。だから井波田君には学生として集められる情報を集めてほしい」

 と言われた。警察の邪魔はしないように、学生視点で得られる情報も欲しいのかなと考えた。学生から得られる情報か。本人は警察に話さなきゃいけないことは話し終えているだろう、と思っていた。


 ◇


 翌日の1998年12月12日、それなら僕がとれる方法は、別の生徒にも聞いてみることくらいかなぁと思って、他の学生に聞いてみることにした。


 北倉きたくらさんに相談してみると

「上級生にあてはあるの?」

 と聞かれたので

「転校してきたばかりの僕に、上級生と繋がりがある訳ないじゃないですか」

 としょんぼりした口調で正直に答えた。


「ふふーん。任せなさい」

 ポニーテイルをまとめている大きなリボンを両手でひっぱり胸をそらして自慢げだ。僕は目のやり場に困る。とはいえ、北倉さんの紹介のおかげで城鉈先輩の友人に話を聞くことができた。


「こちらが阿武隈あぶくま博史ひろし先輩よ」

 という北倉さんの話に

「紹介してもらった通りだ。よろしくな」

 と爽やかに挨拶してくれた。長髪でシュッとした鼻と切れ長な目を見た瞬間に、イケメンだなーという感想をもってしまった。背も高く肌は白いが筋肉もそこそこありそうだ。

「あ、僕は井波田いなみだって言います。よろしくお願いします」

 短く挨拶して本題に入ろうとした。


「で、聞きたいのは城鉈と喧嘩してたやつの話だっけ? あいつなら田魅沢たみさわと言い争ってたけど、それがどうかしたの? いつものことじゃん」

 と阿武隈先輩から話し始めてくれた。


「咲見崎先輩と揉めてたって噂を聞いたんですが知ってますか?」

「そこまでは知らないなぁ。咲見崎のことは城鉈に直接聞いた方が早いんじゃないか?」

「なるほど、じゃぁその田魅沢さんって誰のことなんですか?」

 と確認をとる。


「あぁ、君は知らないか。田魅沢カテナ。幼馴染で同じクラス、今は城鉈の彼女って訳だ。仲が良いのか悪いのか、顔を合わせれば大喧嘩だよ。いつものことさ」

 田魅沢先輩か、あとで話を聞いてみるかなと思った。


「ちょっと怖そうな先輩だよ。でも話してみるとサバサバした、でも女性らしさもちゃんとある良い先輩なんだよ」

 と北倉さんが補足説明を入れてくれる。

「どんなことでいつも喧嘩してるんですか?」

 と聞いた。


 阿武隈先輩は

「くっだらないことで喧嘩してるよ。それこそ今日はなんでいつもの場所に遅れてきたんだ? とか、今日はなんで一人で勝手にお昼に行ったの? とかさ。お前らの痴話喧嘩なんか聞かせないでくれよ! って感じだな」

 とうんざりした表情を見せる。


「ほんとに城鉈先輩と田魅沢先輩って仲がいいですよね~」

 と北倉さんも便乗する。


「夫婦喧嘩は犬も食わないって感じですかね」

「そうそう、まさにそうなんだよ。君、分かってるじゃないか。でも今はそんな感じなんだけど、前は大変だったんだぜ?」

 とニヤリと阿武隈先輩は笑った。


「大変って昔は揉めたんですか?」

 と聞かずにいられなかった。


「んとな。中等部の3年のときの話でな。城鉈は高等部に進学できるのか!? という感じでさ。田魅沢は絶対に城鉈を進学させる、って一緒に勉強してたみたいなんだよ。でも、どっちも頭が特別いい訳じゃないからな。他校を受験してランクを下げた高校に行くか、それともこのままセントルミル中等教育学校の高等部に進学できるのか? で賭けが成立するレベルだったんだよ」


「注目の的ですか?」

「そうそう、ほんとにそんな感じ。大体さ、中高一貫教育の学校で進学できるかどうかが問題になるって、よっぽど成績悪かったとしか言いようがないんだよ。幼馴染の田魅沢もなんだかんだいって男子生徒に人気あるからさ。城鉈が別の高校に行ってくれた方がチャンスもありそう、なんて考えてたやつらが沢山いてな。そりゃぁ、盛り上がったんだんだよなー」


 そんなことがあったのか、と考える。阿武隈先輩は面白い話だろう? といわんばかりにニヤニヤしている。


「傍観者ならこんな面白い話はないって訳だ」

「その噂は私も聞いたことがあります。学食10日分を奢るかどうか、田魅沢先輩に話しかける順番を賭けたとかなんとか。色んな噂がありましたよね!」


「そうなんだよ。北倉、よく覚えてるな!」

「私が入学してきた時も城鉈先輩の人気すごかったですもん」


 と当時を振り返って盛り上がる2人を見ながら

「傍観者ならってことは被害を受けた人でもいるんですか?」

「被害って訳でもないんだけどな。中等部3年の当時、あの城鉈を好きだったのが田魅沢だけじゃなかったんだよ」

 城鉈のことを阿武隈先輩は話すのをもったいぶる。


「モテモテですか?」

 僕は興味を引かれた。サムズアップした阿武隈先輩は


「そう、まさに大人気だったんだよ、城鉈ってさ。どこがいいのか、俺にはさっぱり分からないけどな? それでも頑張った田魅沢が、今の城鉈の彼女って訳だ。高等部へ進学もちゃんとしたんだよ。俺の金返せって感じだ、まったく」


 と言って笑い飛ばす。口では色々言っているが、全く悔しそうじゃないのは、いい人なのか何なのかと思った。

「頑張ったんですね、城鉈先輩」

 と僕は素直な感想を話したのだった。

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