第5話 無海住 拗太郎という教頭


 女生徒の一部から守ってもらおうかしら、と噂になってるの知ってる? と意味深な話を北倉さんは振ってきたので正直な感想を僕は返す。

「知ってるわけないじゃないですか。僕は転校生ですよ? この学校のどこに何があるかすらまだ分かってないんです」


 目立たないように捜査するつもりだったのにこれは真逆の状態だなぁ、とため息がでてしまう。


「またまた~、威張ってる鬼記島ききじま先輩を病院送りにしたって噂を聞いて、正義感ある強い男に憧れる女子に大人気なんだよ? それなのにそのリアクションなの?」

「僕には実感がありません。北倉さんしか僕には話せる人がいないんですよ? それなのに他の女子から人気って言われても、僕は平常運転です。何もできませんし変わりません」


「ふーん、私と話をしてても平常運転ってこと? 私と話してもつまらない?」

「いや。そういう意味ではなくてですね!?」

 と、あたふたしてる僕をみて北倉さんはニマ~と笑ってみせる。 


「それよ! その反応が見たかったのよ! 井波田君って女たらしなのかと思ったし」

 手でぱたぱたと振って顔に風を送っている北倉さんに

「なんでちょっと喧嘩が強いだけで僕が女たらしになるんですか」

 と僕は文句を言う。


「かっこよかったわよ? い・な・み・だ・く・ん!」

「からかわないでくださいよ!」

 ぐいぐい話してくる子だなと思う。


「いじりがいがあるね。井波田君!」

「勝手にいじらないでくださいよ」

 ぷんすかしながら話をしていたら

「やぁねぇ。そんなに怒らないでよ」

 とニヤニヤし始めた北倉さんだ。


 小悪魔か、この子はと思っていたら、

「2年C組の井波田秦互しんご君、至急応接室へ来てください」

 とスピーカーからアナウンスがあった。


「なんだろうね、応接室って。昨日の鬼記島先輩たちを蹴散らしたことかな?」

 と北倉さんは物騒なことを言いだした。

「ちょっと行ってきますね」

 と僕は言って立ち上がる。


「応接室は1階だからね」

 と言われ

「ありがとうございます。それじゃちょっと行ってきますね」

 と北倉さんにお礼を言って応接室へ向かった。


 ◇


 迷いながらも急いで応接室に行ってみると、そこで待っていたのは

「よく来てくれましたね。私が教頭の無海住むかいずみ拗太郎すねたろうです。よろしく。そこにかけてもらって」

 と言われて僕は椅子に座る。


 無海住教頭先生は背が高く、細身の高そうなスーツを着た人だった。神経質そうな感じで眼鏡をクィッとかけ直して話しだす。


「君はここに呼び出される理由が思いつきますか?」

 と無海住教頭は話をしてくるので、正直に

「鬼記島先輩たちの一件ですか?」

 と答える。


「そうです。鬼記島君たちがひどい暴力を井波田君から受けて、親御さんからいま病院に来て診てもらっている、と苦情が入ってましてね。それで事の真偽を確かめるためにここにきてもらった訳です。話は本当なんですか?」

 と無海住教頭は眼鏡を人差し指でクィっとかけ直す。


「本当です。でもそれには理由が……」

 と言ったところで無海住教頭に遮られ

「言い訳は聞きたくありません。事実なら本来なら井波田君も謝罪しなければならないところです。ですが、私の方から親御さんたちには誠心誠意、謝っておきました。だからこの件はこれで終わりです。鬼記島くんたちの一件を周りの生徒に言いふらさないこと……生徒たちに悪影響がでてしまいますからね。よろしいですか?」

「よろしいですかも何も……」


「さっきも言いましたが言い訳は聞きたくありません。私からは以上です。もう帰ってもよろしい。君も行動には気を付けるように。いいですね?」

 と無海住教頭がもう帰っていいよと雰囲気を出したところでコンコンとノックがあった。


「誰ですか? 今は取り込み中ですよ」

 という無海住教頭の返事も聞かず入ってきたのは北倉さんだ。


「失礼します。昨日の一件は鬼記島先輩たちが私に『万引きして来い』って脅したのがそもそもの原因です。先生方は鬼記島先輩のことを言っても何もしてくれなかったじゃないですか。それなのに鬼記島先輩たちがケガはしたのは注意したのに、私への犯罪まがいの脅しは見て見ぬふりをするんですか? そんなの絶対おかしいです!」

 と机をバン!と北倉さんは叩いてみせた。


 北倉さんがめちゃくちゃ怒ってる。それなのにも関わらず、無海住教頭は北倉さんを上から下までじろりと見て唇を舐める。

「そもそもケガをさせる程の暴力をですね。鬼記島君たちにさせたというのが大きな問題なんです」

 と眼鏡を拭きながら心の落ち着きを取り戻すかのように無海住教頭は言い訳をする。


 北倉さんの発言に、便乗して言わないといけないことは言っておこう。

「鬼記島君たちに万引きしろって、北倉さんは脅されたんですよ? それに対する鬼記島先輩から北倉さんへの謝罪はないんですか? ケガをさせなければ何をしてもいいんですか? それに北倉さんは平手打ちをくらっているんですよ!?」 


「そうですよ! 私は叩かれました。その謝罪をしてもらってないです。私が怖くて心細くて仕方がなかった時、助けてくれたのが井波田君です! 鬼記島先輩たちに脅されてる生徒だって他にもいっぱいいるんですよ? その大前提を無視して井波田君が全て悪い、みたいな言い方するなんてそんなのおかしいです!」


「そもそも最初に殴ってきたのは鬼記島先輩たちですよ? それに僕は応戦しただけです。正当防衛ですよ。僕は北倉さんだって守らないといけなかった。相手は男3人で僕たちを威嚇した上で、無言で殴ろうとしてきたんですよ? それに対する謝罪も受けてないのに謝れって言われても納得できないです」

 と僕もまくし立てる。


「そうですよ! 私だってものすごく怖かったんですよ!?」

 バン! と机を叩いてさらに北倉さんは怒鳴りつける。僕たちにまくし立てられ、ひるんで何もいえない様子の無海住教頭だった。けれども心の中で

(いいぞ! もっとやれ!)

 と思ってる僕がいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る