Day29「名残」

 美術館からの帰りは、いつも足元がふわふわしている。地に足が付いていないというか、感覚がまだ現実に戻ってきていない感じ。


 お気に入りの絵のポストカードでは、魂をこちら側に引き戻すにはちょっと足りない。本物にはやっぱり勝てないから。


 現物を前にした感動や衝撃が強すぎて、現実が負けている。


 わたしの魂は、きっとまだ美術館を漂っていることだろう。


 戻ってくるのは、明日かなあ。気長に待とう。


「危ない!」


 焦った声と一緒に思い切り腕を引かれた。


 気付けば、随分焦った表情の彼がこちらを見下ろしていた。


「赤信号だぞ」

「おお、気付かなかった」


 わたしの返事に彼は未だかつてないレベルの深いため息をついた。


「心を置いてきすぎだ」

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