八話【あの日の空の色は】

 筐体から出た俺たちを迎えたのは、割れんばかりの歓声だった。耳がおかしくなるどころか、ライスボックスにヒビでも入りそうな勢いだ。この前の大会で優勝しても涼しい顔をしていた稲井ですら、その迫力にたじろいでいた。

 三人とも汗だくで、足元もおぼつかない状態だった。普段の倍以上の時間を費やして強敵と戦ったんだから仕方ないだろう。自分の意識が現実世界にあるのか、まだゲーム世界に残っているんじゃないかと錯覚するような心地だ。

 確かなのは、内臓まで鉛になったんじゃないかと思うほどの疲労感と、それを上回る充足感。俺たちは力を出し尽くして勝ったんだ。


「少年! ブライトちゃん! ナイスファイト!」


 飛び掛かるように近づいてきた遊治さんが俺と稲井の肩を抱く。必然的に俺と彼女の顔が近くなり、二人そろって顔が赤くなるが、遊治さんに抱きしめられて苦しいというていにした。


「二人とも、おめでとう!」


 一人だけ抱擁から逃れていた璃恩も俺たちの戦いを称賛してくれた。

 俺と稲井に顔を寄せると「何か口論してたみたいだけど、聞こえなかったからとりあえず大丈夫」と告げる。どうやら、稲井が隠したい心の内も、俺のこっぱずかしい暴露話も観客たちには聞こえなかったようだ。心の底から安堵した。


「あの……」


 稲井が俺の服を引っ張る。この雰囲気はブライトではなく稲井光亜だ。容姿はブライトなのに雰囲気は稲井だから余計に混乱しそうだ。天井を見上げ、ぎゅっと目を閉じて開くを数回繰り返してから彼女の顔を見る。


「今日は本当にありがとう。ちょっと恥ずかしかったけれど、あなたがいてくれたおかげで勝つことができたから」

「いや、俺はブライトのサポートに徹しただけで……。お前がいなかったら序盤で犬死していただろうし」


 気付くと、あれだけ盛り上がっていた観客たちが静まり返り「ヒューヒュー」と言いたげに唇を尖らせていた。傍にいた遊治さんも璃恩も、いつの間にか筐体の陰に隠れて頬を緩ませている。この謎の一体感……ここはライブ会場か?

 目の前には、黄金の瞳を潤ませながら頬を赤く染める稲井。まだゲーム内での高揚が抜け切っていないのか、周囲の雰囲気の変化にも気付いていない。しかしそれは俺も似たようなもので、可愛いだの好みだの言った後だから、平常時の数割増しで彼女を可愛く感じる。

 据え膳食わぬは男の恥と言うが、急なお膳立てを前に俺の理性と本能はオーバーヒートしつつあった。疲労でだらんと垂れていた俺の腕が彼女の肩に伸びる。共に戦った仲間に、誰よりも心を厚くしてくれる女の子に、抱きしめるという形で感謝と好意を伝えたい。伝えないと後悔する。

 しかしその時、俺の心のブレーキ役が現れた。


「~~~~もう我慢できんッ‼」


 静まり返る観客の中から鬼のような形相で正輝さんが飛び出し、俺と稲井の間に立ち塞がった。そのスピードはブライトもかくやというレベルだ。


「場の雰囲気をぶち壊してしまうと思って我慢していたが、これ以上は許さんぞ小僧!」

「いや、そもそもなんであなたがここにいるんですか⁉ 家に帰ったはずでしょう!」

「気になって戻ってきたんだよ! 俺だって一プレイヤーであるし、み……ブライトの活躍も気になったからな!」

「じゃあ、俺の活躍も見てくれましたよね? だったら、そんな態度は酷くないですか?」


 これには図星だったのか、正輝さんは言葉を詰まらせた。周囲のムードも俺を後押ししてくれている。

 多勢に無勢と悟ったのか、正輝さんは両手を上げて降参のポーズをとった。


「~~~~分かった! 交際は許さんが、友達としては認めよう! それと、彼女を下の名前で呼ぶことも許可する……ッ!」


 その程度の妥協案を、血を吐くような表情で言われると逆に困るのだが……。しかしこれで正輝さんも一部公認の仲に一歩前進したわけか。稲井も観客もあきれているが笑みを隠せない。


「誘ってくれてありがとう、ブライト。すごく楽しかった。俺はきっと、じいさんになってもこの日を忘れないよ」

「私も楽しかったわよ。また一緒に遊びましょうね」

「ああ、約束だ」


 先ほどまで自分が入っていた筐体を撫でる。高校生活、そして〈Colorful Bullet!!!〉との出会いからわずか一ヶ月。この短い間に、俺は何て色彩に満ちた生活を送ったんだろうか。

 人によっては「たかがゲーム」と言うかもしれない。少し前の俺もそうだった。

 だけど今の俺にとっては『空色のショウ』は自分の半身だ。もっともっと『色』という名の魂のぶつかり合いを演じたい。稲井と、璃恩と、この先出会うであろうライバルや仲間たちと。考えるだけで、治まりつつあった胸の高鳴りが息を吹き返す。

 入学式の朝に窓から見上げた空は半分雲に覆われていた。今なら胸を張って言える。あの雲の向こうには、どこまでも広がる広大な空色が広がっていたと。

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Colorful Bullet!!! 望月 幸 @MOCHI_hari

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