二刀流リスナーの受難

kgin

第1話 二刀流リスナーの受難



 これは僕が配信を始める前の話だ。




 久方ぶりの休暇、スマホの通知音の連続で目を覚ました。いい加減ガタがきているスマホはそれだけで息切れしているようだ。恐る恐る画面を見る。時刻はまだ6時だった。こんな時間に連絡を寄越す人間なんて知れている。案の定、SNSの通知で埋め尽くされたそこには、先週から相談にのっている某ライバーのアイコンが並んでいた。


「ふぅ……」


 事務所勢のこの子は、配信を始めて半年、同接が増えないだとか気に入らないリスナーがいるだとか、同期の陰口だとかを延々とDMで送りつけてくるのだ。お前のマネージャーじゃないんだよ、とひとりごちながら、適当に返信をする。二度寝をしたいが、目が冴えてしまった。インスタントコーヒーを入れて、トーストとともにだらだらと朝食を済ませていると、今度は別のアカウントからのDMの通知。


『お疲れ様です! この間お願いしたイラストですが、ポーズは四つん這いでお願いできますか?』


 おいいいいいい!今週のイベント配信に間に合うようにって、昨日急いで下描きまで仕上げたのに、今更書き直せってか!というか、なんだよ!四つん這いって!どんな企画やるつもりだよ!

 思わず叫びだしたくなるのをグッと抑えて、返信する。こんなやつだけど、応援してるライバーには違いない。バカだけど愛らしくて放っておけないのだ。ここで断らずに描き直してしまう自分の人の好さには、うんざりする。まあ、そんな自分も悪くはないんだけれども。朝食後ではあるけれど、これくらいのイラストなら朝飯前だ。ペンタブを持つ手に力がみなぎる。クリスタを開いて2時間ほど集中して作業し、一段落ついた頃には9時前になっていた。


「そろそろぷーぷ枠が始まるな」


 ぷーぷこと揚羽風々は、デビュー当初から通っているライバーである。七色の翅を持つlive2dの彼女は、知的さとお茶目さが魅力的で、日々の癒やしなのだ。最近、ガチイベが続いて若干暴走気味なのが気にかかるところではあるが。MoTToからの配信通知が来たので、枠が開いたと同時にタップする。すると僕と同じように、見知ったアイコンが入室してくる。


『おはよー、みんなおかえりー』


 ……やはり、なにかテンションがおかしい。なんだか声が掠れて呂律が回ってない気がするが大丈夫か?


『寝てないんよー』

「いや、イベント終わったんだから、無理に配信してないで寝なさいよ」

『いやあ、なんか配信してないと落ち着かんくて』


 完全にライバーズハイになっている。配信をしてくれるのはリスナーとしては嬉しいが、長く配信してほしいから無理はしてほしくないのだ。それだけぷーぷに対する愛は深いのだとご理解いただきたい。


『あ、早水さんどうも』


 誰の枠で会ったんだったか、他のライバーのアイコンリングをつけたリスナーがメンションして話しかけてきた。近頃この枠でも時々見かける名前だ。


『今日ぷーぷ基準ライン越したいらしいけど、いくら投げるの?』


 いやいやいや、今日の基準ライン越えてランクキープしたいのは知ってるよ。もちろん存じておりますよ。だけど、そんなに親しくもないリスナーに聞く?しかも枠内で聞く?どうやら僕とは違った価値観のリスナーのようだ。僕がいくら投げるかなんて気にせず、自分が投げればいいではないか。枠の雰囲気を壊さないように気を遣いながら、やんわりとコメントではぐらかした。


『おはよー、せっちゃん! おかえり』

『ただいま。 あのさ、ぷーぷ。 さっきりこぴん枠行ってたんだけどさ なんかポイント回収に来たキモいリスナーに絡まれて大変そうだった』


 なんだよ!この世に神はいないのか!配信初めて1か月も経ってないライバーにハラスメントとかキモいやつだな!許せん。だがしかし、せっちゃんが報告しに来てくれたのはナイスだ。ぷーぷが妹のようにかわいがっている後輩ライバーを、この枠のリスナーが放っておくわけがない。


「ぷーぷごめん、ちょっと行ってくるわ」

『俺も行くわ』


 枠に来て早々だけれども、落ちてりこぴんの枠へ向かう。入ってみると性的で湿ったコメントの連投で、りこぴんが苦笑いしながら対処しようとしているのが痛ましい。一緒に来たリスナー仲間のいわおさんと一緒に、必死になって悪徳リスナーを撃退した。思い知ったか。リスナーだからといって舐められたら困る。通ってるライバーを守りたいという気持ちは人一倍強いのだ。


「りこぴん、気にしない方がいいよ」

『ぐすん、ごめんね。 いわおさん、早水ん』

『泣かなくていいよ、そういうこともあるよ』

『ライバーなのに……アタシがしっかりしなきゃなのに……!』


 それからりこぴんを宥めるのに、小一時間はかかった。本当に、この子はよく泣く。声も立ち絵もかわいいけれど、性格的にはライバーをやるタイプにはとてもでないけれど思えない。だけれど、こんな子だからこそ応援したいと思ってしまうのは、もはや親心だろうか。

 ともかく、事態は収束したからほっと一息。朝早かったのもあり、どっと疲れが出てきた。そうだ、今日は休日なのだ。最高の贅沢、日中の惰眠を貪っても誰も文句は言うまい。おもむろにソファに身を預けた僕は、泥のような眠りについた。




 強烈な西日に瞼を焼かれて目を覚ましたときには、もう日は大分傾いていた。昼食も食べずにたっぷり5時間は寝ていたらしい。首を中心として体の節々が痛い。どうやら貴重な休日はほとんどが霧散してしまった。習慣的にスマホを確認すると、


「……おい!」


 ぷーぷめ!まだ配信している!また体調崩しかねないんだから早く寝ろ!しかも、SNSを見たらDMが50件もたまっている。


『早水さん、さっきはりこぴん枠でお世話になりました!』

『今月金キツイから、早水さん頼むね』

『マヂちにたいの』

『〇〇っていう新人ライバー知ってる? ●●さんの転生らしいよ』

『すみません!さっきはイラストありがとうございました。よかったらこのキャラの透過版いただけませんか?』


「はあ~! もう! どいつもこいつも!」


 なんだか無性に飲めない酒を飲みたい気分だった。誰かにこのモヤモヤを聞いてもらってうっぷんを晴らしたい。このままでは碌に寝られそうもない。




 ……配信つけてみようかな。




[了]

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