姫烏頭蒼雪の手帳(抜粋)

【月波見学園の失踪しっそう事件】

 設立から五十年ほどで二件。うち一件についてはあの男の日記参照。

 周辺の未解決事件を調べたところ、関連性のありそうなものは特になし。

 学園内だけで完結していると思われる。ただし学園内ということは、隠匿いんとくも容易ということである。


【死亡事故】

 五月十八日木曜日、竹村たけむらしゅんが遺体で見付かる。天候は雨、朝からバケツを引っくり返したような土砂降りで、だというのに早朝(六時頃だと思われるが、ルームメイトの記憶は曖昧あいまいな様子。寮監も出て行った彼を見ていない。)から出て行った様子。朝から雨音がひどく、寮内でも雨音が聞こえていた。

 朝のホームルームにも竹村は姿を見せず、担任がルームメイトに確認。早朝に出て行ったきりだと発覚し、用務員に捜索を依頼した。

 第一発見者は用務員の三笠みかさ慶次郎けいじろう。朝九時過ぎに、旧校舎の玄関から二階へ続く階段の下で頭を打って血を流して死んでいるのが発見された。死因は平らなもので後頭部を強打したことによる脳挫傷のうざしょう。死亡推定時刻は六時半から八時。

 警察を呼んで調べたが、事故の可能性が高いという見解。階段から足を滑らせて落ちた可能性。


(以下個人的見解、状況によって書き換えること。)

 七不思議の十三階段ではない場所、確かに雨の日には滑りそうな階段ではあった。

 階段が綺麗すぎる?

 自分でも確認してみたが、やはり綺麗すぎた。

 二件は失踪事件だったのに、なぜ今回だけは殺人事件なのか。

 誰かに知らせたいことでも?

 雨と十三を示唆しさしてみた。反応がなかったわけではないが、若干にぶい。

 空振からぶりまでとは言わないが、明白とも言えない反応だった。


【七不思議】

 むっつめだけがおかしい。

 ひとつめとふたつめは関係がない。ただし、むっつめとは異なりこれが正式なもの。

 正式なむっつめがどこかにあると思われる。そうでなければ意味が通じないものになってしまう。

 失踪事件には確実に猿が絡んでいるが、竹村殺しだけは猿の犯行としてはおかしな部分がいくつかある。

 そもそも、猿が犯人ならば階段の下に死体を転がす意味がないのだ。猿はおそらく、七不思議に人を近付けたくはないのだから。


藤戸ふじと放下僧ほうかそう

 猿は猿。猿が誰なのかは分かっている。けれどそこに別の思惑が絡みついている気がしてならない。

 そもそも、竹村殺しは本当に猿の犯行なのか?

 あの男の日記の内容が正しいのならば、猿は竹村を殺せない。猿に染み付いたものがあるからだ。

 藤戸の母は仇討ちをする資格がない。同様にして、誰も仇討ちをする資格はない。尊属そんぞくではなく卑属ひぞくであれば、仇討ちに正当性はないからだ。そもそも現代日本において、仇討ちなど認められたものではないが。

 ただおそらく、藤戸が放下僧になった。藤戸の後場が始まるわけもない、この世に怪異も幽霊もないのだから。

 ただし、放下僧であったとしても、やはり仇討ちをする資格はないのだ。演目が変わったところで、卑属が尊属になるわけではない。

 幽霊がもしいたとしても、人はそれを視る目を持たない。ワキがいなければ、誰もシテを視ることができない。失踪者の霊が語ることはない。

 幽霊に聞けるのならば、能楽のように語るのならば、事はもっと簡単だろう。まことは我はと語り、その当時のことを語ってくれるのならばどれほど簡単か。

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