よっつめ 裏庭にある首括りの木
閑話 余所者と貧乏人
月波見学園は二十年前に女子部ができるまで、中高一貫の全寮制男子校であった。もっとも、今も女子部と男子部は隔絶されており交流もないため、あまり変わっていないのかもしれない。
「おい聞いてるのか、貧乏人! 俺らが納めた学費で勉強させて貰ってるくせに!」
特奨生を狙うような者は二千万が払えない貧乏人である。そんな考えを持っている生徒も中にはいる。今まさに目の前でがなり立てている生徒はそういう考えなのだろう。
ましてそこで標的になっているのは、蒼雪のルームメイトである。
「うるっさいなあ、別にお前らが納入してるわけじゃねーだろ。お前らの親じゃん、稼いでんのも、納めてんのも」
三人の生徒が一人を取り囲んでいる。気が弱ければ泣いたり怯えたりするのだろうが、標的になった
侑里はうっすらと笑っている。助けてやる必要もなさそうだが、蒼雪は聞こえるように大きく溜息を吐いた。
「あのさ、通りたいんだけど」
渡り廊下の真ん中ではあるが、その先には
侑里を取り囲んでいたうちの一人が、蒼雪の声で振り返った。
「なんだよ外部生。
彼らに言わせれば侑里は貧乏人で、蒼雪は余所者だ。高校部から編入してくる蒼雪のような生徒は珍しく、今年も蒼雪一人だけだった。
外部生がいない学年もあり、それはある意味でこの月波見学園男子部が閉鎖的であることを意味している。
「首を突っ込む気なんてない。俺はそこを通りたいから邪魔だって言ってるんだ」
「こんなとこに何の用事が……」
「用務員室。
三笠のいる用務員室は、講堂の手前だ。講堂は三十年ほど前に建て替えられたもので、その前は今体育館になっているところが講堂だった。
三十年も経てば、講堂も少し古ぼけている。講堂にくっつけられるようにして存在している用務員室も同じ年数が過ぎており、やはり古ぼけて見えた。
蒼雪に聞こえるようにして、侑里を取り囲んでいた彼らがつまらなさそうな顔をしてどこかへ行く。別にどこへ行くのかなど興味もなくて、背中に視線を投げることすらしなかった。
「よ、ヒメ。助けてくれるなんて優しいなあ、お前は」
「ヒメと呼ぶな」
侑里を無視して坂道に足をかける。笑いながら隣に並んだ侑里は、蒼雪の意思など関係なくついてくるつもりなのだろう。
「ほんとに用務員室に用事なんだ?」
「そうだよ。嘘だとでも思ったのか」
「俺を助けてくれるための方便かと思った」
「何でだよ。
それもそうだなと侑里は笑っている。多分これくらいでなければ、月波見学園で特奨生なんてやっていられないだろう。
特に侑里が公言しているわけではないが、知っている生徒もいる。特に親も月波見学園の卒業生であったりすると、卒業生のところに送られる月波見の年報に書いてあるので親から聞くのだ。
あるいは、こうした現場に居合わせるか。案外彼らは
「久しぶりに絡まれたよ、上位様に」
「上位様?」
「スクールカーストってやつ? 月波見は外見とか性格とかじゃなくてさ、裕福かどうかなんだよね」
「それにしたって嫌味だな」
ヒエラルキーだとか、カーストだとか。人はそういうもので順位をつけたがる。つけたところで意味はないし、ここから出てしまえば何の意味もないものだというのに。
それでも、この中ではそれがまかり通ってしまうのだ。外から隔絶されて月波見学園という箱の中だけに世界が狭くなってしまうと、そのおかしさにも気付けない。
「ふうん」
「あれ、興味なさそう」
けれどそれが、実情なのだ。
それこそこんなものは、今に始まったものではない。どうしたって富裕層が集まることになるこの学園で、相手をはかるものは裕福さになってしまう。
「いや、知っていただけだ」
「へえ?」
蒼雪はそれを確かめて、引きずり出してやらなければならない。
沈めて、殺されて。沈んだままにはしておけない。
忘れ去られてしまえば、いつか牙を剥くものがある。誰にも知られないままに朽ち果ててしまうことはなく、きっとこの下で今もまだ殺され続けているものがある。
「身の程知らずが弁えろ。まったく、くだらない。その結果必死で隠すことになったんだろうけれど」
七不思議なんて、誰かが都合よく利用しているだけのものだ。呪いなどというものはなく、怪異も何も存在しない。
沈み果てて浮かばぬままに。けれどもそれは、正しいこととは思えない。
「解を得たいんだ。そのためには、三笠さんに確認するべきことがある」
「じゃあ、俺も付き合うかな。どうせ今日は暇だし」
別に要らないと言うより前に、用務員室の前についてしまった。侑里にここで帰れと言うこともできず、蒼雪は溜息を吐いてから用務員室の扉を叩く。
中から三笠が「どうぞ」と告げた。
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