3.みっつめからが本番だ
ぐるぐる、ぐるぐる、七不思議のことを考える。考えたくなくても考える。
ひとつめは階段、ふたつめは音楽室。奈落の底へと落ちていく十三階段と人の魂を食べるグランドピアノ。けれど
よくある話だと、言ってしまえばそういうこと。
真実を知りたければ放課後にと言った
七不思議がないのなら、どうして兄は帰ってこなかった。自らいなくなったとでも言うのか、俺との約束を破ってまで。
授業が終わりホームルームも終わって、結局
蒼雪は先日と変わらず、本を読んでいる。ブックカバーのかかった文庫本は、同じものだろうか。
「何か用事?」
教室の後ろの入口から蒼雪の様子を
「
「ああ、そうなんだ? おーい姫烏頭! 呼ばれてるぞ!」
大きな声で名前を呼ばれて、蒼雪がゆるりと頭を上げた。特に苛立ったとかそういう様子もなく、蒼雪は実鷹の姿を認めるとぱたりと本を閉じてリュックサックにそれを滑り込ませる。
右肩だけにリュックサックを引っかけて、蒼雪が席を立つ。
「やっぱり知りたいんじゃないか、
蒼雪に問われて、それがなんとなく気に入らない。口をへの字に曲げて、けれど口を開かずに黙りこくるのも負けた気がして、実鷹は引き結んだ唇を
「……違う」
「どうだか。とりあえず、調べたいこともあるし。事務室行くぞ」
肩を
七不思議の場所ではなく、事務室。それが何に繋がるのか分からなくて、歩きながら首を傾げてしまう。
「は? 何でまた事務室なんだ」
「旧校舎の鍵。あれって事務室が管理してるんだろ? あれの貸出票が見たいんだ」
その情報は他ならない蒼雪が実鷹に告げていたことで、彼自身が調べたことのはずだ。だというのに、まだ何か気になることでもあるのか。
「月波見学園の七不思議はみっつめ以降が妙だと
無言で廊下を歩いていたら、唐突に蒼雪がそんなことを言い出した。
放課後の階段は静かで、時折外から運動部の声が聞こえてくるだけだ。事務室のある管理棟は一階に降りて、渡り廊下を進んだ先にある。
「ユーリは姫烏頭にもその話をしてたのか」
「昨晩少しだけな。何が違和感か分からないと言っていたから、俺も考えてみた」
食堂でも、侑里はその話をしていた。
もちろんトイレだとか理科室だとか、場所が限定されているものはあるけれど、特定の木だとかステージの上だとか、やはり狭すぎるのだ。
「ひとつめとふたつめは、明確に死ぬというのを
蒼雪に言われて、実鷹は改めて自分の知っているみっつめ以降の内容を考えてみた。
体育館のステージで踊り続ける少女の亡霊、首括りの木、まだらの池、人皮の本。けれどそれらに
何か害をなすようなこともなく、それでも七不思議として語られる。不思議、であるのでそちらが本来の意味と言われればそれまでなのかもしれないけれど。
「つまりこの七不思議の謎の本番は、このみっつめからなんだろうな」
「死なないのにか」
「死なないからこそだ。死なないということはつまり、それ以上殺す必要がない。あるいは、そこで誰かを死ぬような想起をさせたくないということだ」
十三階段には殺されるかもしれない。グランドピアノには殺されるかもしれない。
けれどみっつめ以降は、そうではない。七不思議を知れば殺されるとはあっても、七不思議そのものの中にはそういったことが語られない。
「つまり、既にそこで誰かが死んでいるということになる」
あっさりと蒼雪は言うけれど、そうなるとみっつめ以降で少なくとも四人は人が死んでいることになってしまう。それはあまりにも物騒で、現実味もない。
「話が飛躍しすぎじゃないのか」
「そうか? 殺し続けたいのなら、新しい犠牲は必要ないだろう? 新しく殺したら、それも隠さなければならなくなるんだ」
渡り廊下から、旧校舎が見える。
開かずの間がないなと侑里が言っていた。七不思議にはつきもののはずのそれはなく、月波見学園で当たり前のように閉ざされているものは御鈴廊下以外にはない。
「もっとも、竹村竣は隠せなかったようだけれどな」
まるで本当ならば竹村竣を隠したかったのだろうと言うようだった。かすかにホイッスルの音が聞こえてくる渡り廊下は、向こう側から誰かが来ることもない。
「姫烏頭は、何か知ってることがあるのか」
「……さあ」
なんだか少し、歯に物が挟まったかのような言い方だった。
「確証のないことは言いたくない。憶測で話すようなものでもない」
その口ぶりからして、やはり彼は何か知っていることがあるのだろう。けれど、それを今口にするつもりはないのだと、それは実鷹にも伝わった。
蒼雪は知りたいことがあると言っていた。七不思議の謎、蒼雪の知りたいこと、その途上に実鷹の知りたいこともあるだろうと。
「知りたいことって、なんだ」
「やけに俺のことを聞くんだな。開き直ったのか、七不思議の呪いはあるとか言ってたくせに」
「気になるんだ。なんでそんな頑なに否定するのか」
「否定する材料を俺が持っているからだ」
否定されるからこそ、気になっている部分はある。
実鷹には兄という肯定する材料がある。けれどそれを否定されるのならば、実鷹の足元は崩れてしまう。これはある種の開き直りのようなもので、いっそ聞いてやろうかとも思ってしまった。
思うところがないわけではない。腹の底の淀みは消えてくれない。それでも、知希は調べると言った。侑里もまた、考えていた。
ならば、実鷹だけ逃げて何になると言うのだろう。
「俺の家を壊したクソ野郎のおかげでな」
吐き捨てるように蒼雪は告げて、それきりむっつりと黙り込んでしまった。実鷹もその顔を見ていると何か言える気もしなくて、同じように黙り込む。
結局二人とも無言のまま事務室へと辿り着いて、失礼しますと告げるところでようやく口を開いたのだった。
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