みっつめ 体育館のステージで踊り続ける少女の亡霊

1.恐怖の種類

 授業中に窓の下を見れば、三笠みかさが掃除道具を手に歩いているのが見えた。その三笠のところへと井場いばがやってきて、何事かを話して去っていく。体育館か体育教官室の備品にでも何かあったのだろうか。

 三笠は井場の背中を見送って、それから玄関前の掃除を始める。旧校舎の入口は閉ざされていて、鍵がかかっているのかどうかは分からない。ぼんやりと現代社会の授業を右から左へと聞き流しながら見ていると、警察官が二人やってきて三笠に声をかけていた。

 竹村たけむらしゅんのことだろうかと、ぼんやりと考える。たとえ七不思議の呪いであったとしても、警察には事故として処理されるのだろうか。階段から足を滑らせて落ちて、頭を打ったとして。

 雨の日にこちらの教室棟の階段で足が滑ったのを思い出す。実鷹さねたかは踏みとどまったけれど、竹村竣は踏み止まれなかったのだろうか。

 授業の終わりのチャイムが鳴る。その音で実鷹は思考を断ち切って、前を見た。先生が教科書をぱたりと閉じて、では今日の授業はこれで終わりと告げている。起立礼着席といつもの挨拶を終えて、ようやく昼休みだ。

 ぞろぞろとクラスメイトたちが食堂へ向かうべく教室から出ていく。その列に加わろうと、実鷹も席を立った。


「サネ」


 教室を出ようとしたところで、ぽんと肩を叩かれる。


「ユーリ」


 隣に並んだ侑里ゆうりが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 そのまま階段を降りながら知希ともきの姿を探してみるが、彼は早々に食堂へ行ったのか姿がなかった。七不思議を調べると言っていたが、本当に調べに行くつもりなのだろうか。


「今朝、ヒメとしゃべってただろ?」

「え? ああ、うん」


 朝に特別教室棟へと繋がる渡り廊下の前で、蒼雪そうせつと話をしていた。別に隠れてこそこそ話していたわけでもないし、侑里がそこを通りがかっていてもおかしくはない。

 七不思議の呪いはあるのか、ないのか。

 ずっとふたをしていたものが開いてしまったような気がして、気持ちが悪い。あれは怖い、近付いてはならない、だって兄はそれでいなくなったから。そうやって閉ざしたはずのものに、蒼雪は無遠慮にずかずかと入り込んでくる。


「七不思議の話か?」

「そんなとこ。ユーリはやっぱり、どうでもいい?」


 体育館で話をしたとき、侑里は七不思議についてどうでもいいと言っていた。信じていると言えば信じているし、信じていないと言えば信じていない、と。

 きっと大多数が、そうなのだ。学校の怪談というものはきっと、信じるにせよ信じないにせよ、うわあ怖いと仲間内で騒ぐようなものであるだけで。

 ななつめだって本当に存在しないのかもしれない。調べてみたらななつ以上あるのかもしれない。そういうことを言っているのだって、聞いたことはある。


「どうでもいいな。ヒメはどうでもよくないらしいけど」


 実鷹もどうでもよくはない。けれど実鷹と蒼雪とでは七不思議に対して思っていることがまるで違う。


「うちの七不思議って変だよな」

「変?」


 食堂への道を歩きながら、侑里が「うーん」と考え込んでいるのを聞く。しばらく考えながら足を動かしていた侑里が、食堂が近くなったところでようやく口を開いた。

 昼休みの食堂は全校生徒が集まって来る。給食と言うよりは学食に近い形ではあるが、メニューは三種類しかない。AかBかCか、入口のところに書いてる内容を見て選ぶだけだ。


「だって普通は、トイレの花子さんとか動く人体模型とか、あと音楽室の肖像画とかそういうのだろ? あと何だっけ、体育館だと自分の首をボール代わりにして遊ぶ子供の幽霊とか?」


 確かにそれは主に小学校でまことしやかにささやかれる噂だろう。

 小学校が墓場の跡地に立っているだとか、廊下を走って来る上半身だけの妖怪だとか、中には殺されてしまうようなものもあって、なかなかに物騒でもある。かたかたと笑う骨格標本なんてものもあった気がした。


「ユーリ、詳しいね」

「小学生の頃に学校の怪談系をよく読んでた」


 実鷹はあまり、そういうものは読まなかった。そもそも、実鷹は読書熱心でもない。気になる本があれば手に取りはするが、途中で読むのを止めてしまうこともある。

 入口のところのメニューを見れば、今日はAがチキン南蛮、Bがサバの味噌煮、Cがアジフライである。今日はAかなと内心で思いながら、注文の列に侑里と共に従った。


「でもうち、違うじゃん。階段も段数が増えるとか減るじゃないし、体育館もステージとかいう限定的な場所で踊るし。人喰いピアノはそれっぽいけど、あと何だっけ……理科室とか保健室とかトイレとか、そういうのは一切出てこないだろ。よくあるやつなのにさ」

「それは……確かに」

「だからなんか、変なのー、とは思ってるよ、俺」


 階段は泣く、体育館は亡霊の少女がステージで踊る。ピアノは勝手に鳴るわけではなく、それ以外は木と池と図書館の本。

 有名な七不思議というのは、そういうものではないのだ。ただどれも、ある限定的な時間や場所で、そして答え方を間違えたり近付いたりしなければ安全だったりはする。

 そこは同じではないのだろうか。けれど七不思議そのものを調べると呪われる、知ると死ぬ、そういうものは少ないのかもしれない。


「変?」

「あんまり怖いって感じがない。いや、怖いは怖いんだけど、なんか種類が違う感じ」


 一般的な七不思議と月波見つきはみ学園の七不思議と、その怖さの違いは何だろう。

 七不思議のひとつひとつが怖いかと言われれば、確かに怖いものもある。けれど、追いかけて来るとか、何かをされるとか、そういう怖さはあまりないのかもしれない。

 怖いのは、七不思議そのもの。ななつのすべて。けれどひとつひとつで見てみれば、身をふるわせるようなものではない。

 学校の怪談として語られる七不思議のひとつひとつの方が、確かに余程怖いものには思えた。


「ユーリって案外よく考えてるよね」

「案外は余計だ、案外は。俺は成績優秀だぞ」

「知ってる」


 実鷹よりも侑里の方がテストの順位が上なのも確かだ。実鷹はそこまで勉強熱心でもなく、ただ目の前のものを片付けて行っているに過ぎない。


「そういやあいつ、昨日は未解決事件を熱心に調べてたぞ。そういうの調べるの楽しいとか言ってたけど、変な奴だよなー」

「あいつって、姫烏頭ひめうず? なんでまた未解決事件なんか」

「調べるのが趣味みたいなものだって言ってたな。あとは……何か色々言ってたけど忘れた」


 未解決事件、と言葉を口の中で転がしてみる。

 呪うのは人間なのだと、蒼雪はそんなことを口にしていた。七不思議の呪いを隠れみのにして、では兄の行方不明もだと言うのか。


「ヒメは、知りたいことがあるんだってさ」


 真実をつまびらかにしたい。

 殺し続けられているもの。

 沈められたままのものを浮かばせる。

 断片的な言葉しか実鷹の頭の中には残っていないが、蒼雪はそんなことを言っていた。七不思議の裏に何か眠っているとして、では知れば死ぬというのは、その真実で殺されるとでも言いたいのか。


「ふうん。未解決事件に関わる何かでもあるのかね」

「さあ……」


 それ以上を考えるのはなんとなく嫌で、実鷹は首を横に振る。気付けば順番は随分近付いてきていて、食事を注文するまであと少しだ。

 だから「今日はどれにする?」と無理矢理に話題を切り替える。侑里は肩を竦めて「俺はBだな」と答えてくれた。

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