エピローグ 「ワケアリにつき」

蕾は開く。

満開に咲き誇った桜が、窓の外で揺れていた。


「──私たちは今日、卒業式を迎えました」


卒業式。

三年間の節目として立った壇上。生徒会選挙で演説をした時から、文化祭で”魔法少女”ゲリラライブをした時まで。肩書きは数あれど、衿華がここに立つのは今日が最後で違いなかった。


「──旅立ちに胸を震わす今も、きっと思い出す時が来るのでしょう」


教室に置いてきた卒業アルバム。

名前が埋め尽くす白紙のページ。副会長に、クラスメイト、衿華みたいになりたいのだと、最後にわざわざ教室にまで言いに気てくれた生徒もいた。思いの外、慕ってくれている人々は多かった。

そして、真ん中の方に。最初の方に書いてもらった二つの名前──『真白遥』・『彩芽透羽』。


二人とも、在校生席にいた。

生徒会役員としての責任感からか、ピンと背中を張って、生徒会長としての最後の晴れ舞台を見に来てくれている。

そう考えると、俄然、背筋は伸びて、声に力がこもる。


「それは文化祭でしょうか、委員会活動でしょうか、もしかしたら校外での出来事かもしれません。ただ、形はどうあれ、それはかけがえのないもの──」


たった三ヶ月と少し。それが《ヴィエルジュ》で過ごした時間だ。

そして、それは今までに衿華が取り落としてしまっていたものだった。


「──惜しんで、涙がこみ上げるぐらいに大切な”いま”です」


それを拾えたのだと考えると、嬉しいに違いない。

そんな胸を満たす喜びとは裏腹、今、堪らなく惜しい。


「それを胸に抱いていられることは、心の底から喜ばしいことです」


幾度となく練習してきた答辞は、もうすぐ終わりに近づいてきていた。

そこで、衿華はふと保護者席に視線を向ける。

眼下に広がる景色は、こちらを見つめる生徒たち、来賓、先生、保護者──中学生の時にも見てきた光景、だったけれど。



「だから、私たちは…………っ」



嗚咽が、声を途切れさせた。

ずっと怖くて見られなかった保護者席。そこには、確かに見覚えのある顔があった。

母が、その眼差しを衿華に向けてくれていた。


視界が滲む。

何やらこみ上げてきて、目尻が熱くなった。


「……こうして、新天地へ、羽ばたけ、ます……っ」


もう嗚咽は止められない。

絶え間なく頬を伝うもの、それはきっと今までの十二年間、機会を逸したまま、ついに流れることがなかった涙だ。


「……これをもって、答辞に変えさせて……いただきます……っ。卒業生代表……っ、黒咲、衿華……」


最後までではいられなかった。終わる時まで泣いていた。

それでも、母は微笑みかけてくれている。


振り返ってもみればちっとも退屈しなかった。

あっという間に時間は流れていって、余白なんてない。足りないぐらいの密度だった。

そんな高校生活を、最後に送ることができた。

その時間が終わることを惜しむことこそせども、今回こそ後悔はない。


その日、”生徒会長・黒咲衿華”は卒業した。



◆ ◆ ◆


◆ ◆




「とびっきりの自己紹介だったよ、遥。"魔法少女が好きです”って」

「……あれでも、結構勇気出した方だから」


卒業式から二週間。

始業式とクラス替え。三年生になった日の放課後、遥と透羽はお茶会をしていた。

《ヴィエルジュ》にて、用事があったのだ。

そして、遥が冷やかされていたのはクラス替え後、最初の自己紹介での一幕。


『真白遥。好きなものは”魔法少女”です。よろしく、お願いしますっ』


言い切った後で顔は真っ赤になったけれど、それでも、不思議と清々とした。

馬鹿にされることがさほどなかったのは、去年の文化祭のおかげだ。本当に、感謝してもしきれない。


「透羽の方こそ、好きなものはこれから見つけて行きたいって……」

「今頑張って探してるんだからいいのっ! あ、”DASH!キラピュア”、春休みの間に見たよ。すっごい面白かった!」


コーヒーカップが二つ。

遥も今はオフだ。そうやって二人して話をしているところで、杏が顔を出した。


「”DASH!”見たの!? どの辺が面白かったかじっくり聞かせてほしいなっ!」


今日も杏の”魔法少女”センサーは絶好調らしい。

話に乱入してきて早々、そんなことを聞いてくる。


「わたくしも興味がありますわ。杏先輩のついでに、聞かせてくださいな」


そして杏があるところにわたくしあり、と言わんばかりに紗も混ざってくる。

食い気味な”魔法少女”二人に迫られて、透羽はたじたじとしていた。


「こら、二人は仕事中でしょ。早く戻りなさい」

「えー、今はお客さん、遥くんたちしかいないんだし良いじゃん」

「良いのかしら。久々に見せるの姿がそんなだらしないので」


マキのお叱りを受け、ようやく渋々ながらも杏は立ち上がった。

向かうは壁に立てかけてあったモップ、その後ろには紗もつく。ここでは見慣れた光景だった。

嵐のようにやって来ては立ち去っていく二人にため息を一つ、コーヒーを啜る。


だけれど、そんな騒がしさはどこか心地よい。

五人しかいなくとも広がる喧騒、楽しい日々の延長線上に”いま”があるのだと教えてくれるから。


カラン、と。喧騒を打ち破ってベルが鳴る。

思わず、視線がそちらに吸い寄せられていく。

それは、遥が待ち侘びていたものだった。

なぜなら、そこにいたのだから。



「約束、守りました──”ブラン”」



制服ではなく、春の訪れを感じさせるカーディガン。

比較的ラフな格好は、きっと今すぐにでも”変身”できるようにするためだろう。


きっとこの瞬間、遥は断言できた。

彼女は──黒咲衿華は”魔法少女”だ、と。


受験を終え、高校を卒業して、そして今ここにいる。

こうして、確かに約束を守ったのだから。


衿華と過ごした三ヶ月間は、今でも遥の胸に残っている。

惜しむぐらいに楽しかった時間、”魔法”が灯ったような日々。


ワケアリなまま迷い込んできて、ワケアリなまま始まったバイト事情。

変わったことは数あれど、変わらないことだってある。


ここが”好き”を分かち合う場所であること。

皆一様に”魔法少女”が──大好きだということ。


そして、今でも変わらずに──。



「おかえりなさい──”ヴィエルジュノワール”」



真白遥は”魔法少女”だ。




──────────────────────



ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

本作は新人賞用に執筆したものです。一応続きをどうするか、という構想もありますが、賞に向けた編集作業のためここで完結とさせていただきます。

もしかしたら、そちらが一段落した後で続きにあたる部分を投稿することもあるかもしれません。

その時はまた、よろしくお願いいたします。

改めまして、本当にありがとうございました。

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〝魔法少女〟のバイト事情、ワケアリにつき。 恒南茜(流星の民) @ryusei9341

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