第7話 start line(2)(完結)

だっと駆け寄った体育館の横、茂みに隠れるようにして長い髪をひとつに結んで、ダークグレーのストライプのスーツで壁に寄りかかるその人。


「オーバッ……! 何の冗談その格好!」

「おい」


開口一番それなのか、と上司の唇が引きつった。


「ハルカ~、卒業おめでとう~」


ピンクベージュのプリーツスカートのスーツで、ふわふわした栗毛の女性がオーバの背からひょいと顔を出した。


その声は。


「オペレーター?!」


オーバが通信回線開いているときは我関せずで離れて見ていたために音声認識しかなかったオペレーターによもやこんな場所で会おうとは。

サボテンじゃなかったのよね。

当たり前だが。


「うふふ~。特別な日だから~特別に許可もらったのよ~」

「特別な日……?」

「ハルカ」


オーバがおもむろに賞状を一枚出した。



ああ、そうか。



わたしは、背筋を正した。


中学の卒業式の日に、エンジェリーナも完全に卒業というわけか。

よく、できている。


晴れていたはずなのに、自分の外の世界が、真っ黒になった。

確かに大変だった。

授業は邪魔されたし部活は邪魔されたし休日は邪魔されたし。

でも、多分なんだかんだ言って、オーバやオペレーターと出会えて楽しかったと思うから、こんなにショックなのだ。

それなりに充実していたんだと思う。


これから。

これから先、どうしたらいいんだろう。


進むべき方向が何一つ示されない暗闇に、今にも倒れそうだったとき、こん、と後頭部を小突かれた。


「な、かあき、くん」


首を捻ると、ボタンが一個もなくなった短ランで、ちらりと青あざが見えたりする顎を引いて、無愛想にわたしを見る彼が立っていた。


急に式の時よりも大きな悲しみが襲う。

式でもらい泣きをした後だから、涙腺は弱くなっているので、つついたら簡単に涙が出るのだ。


「ハルカ」


オーバの声は優しい。

まさに泣く子をなだめるように呼びかける。

勝手に出てくる涙を拭うこともせず、わたしは前を向いた。

オーバは小さく咳払いをして、書状を読み上げた。


「任命書」


……


……?


「本日正午をもって、エンジェリーナエネルギー回収班より、天魔共同エネルギー対策本部四季支部支部長補佐に任命する。

 ハルカリョウコ様、天界地上エネルギー回収司令部総統……」


…………。



……………………。




………………………………。




「え?」


途中からよくわからなくなって、オーバの声さえ聞こえなくなる。


何が。

一体。


「よろしくな、ハルカ」


オーバから差し出された紙を反射的に両手で受け取る。

受け取ったけれど、目が点になっていて、字が読めない。

理解が追いついていかない。


「え?」


オーバの顔を見る。

オーバはにっこりと微笑んで腕組みをした。


「現時点よりハルカには四季支部におけるエネルギー開発にかかわってもらうことになる。

 お気に入りだった赤スコップはしばらくお蔵入りだな。

 残念」


いや残念というか。


「ちなみに四季支部の管理センター専属オペレーターに彼女が就任する」

「これからもよろしくね~。

 ハルカ~、嬉しいわ~」


小さな手でわたしの両手を包んで、こちらもまたにこにこと笑顔。


「私はエネルギー回収部隊長と、四季地区管理センター長を兼任する。

 これまでどおりよろしく頼むぞ」

「え、と、だから、その」

「つまり」


事の展開についていかないわたしに、横から中秋君が言った。


「天界と魔界が手を結んだらしい」


半ば呆れ顔でちらっと横目でわたしの顔を一目見る。


「地上に残された最後のエネルギーを巡って、両界は対立していたらしいんだが、

あちこちで発生するエンジェリーナとデーモナの戦闘データの解析を進めていた天界が、あることに気がついた」


中秋君はそこで短く息を吐いて、煩わしそうに笑ってオーバを見た。


「その戦闘の中で、新たなエネルギーが生み出される特殊ケースがある、と言うんだ。

 エンジェリーナとデーモナの相性に因るらしいが」


わたしはアホ面で中秋君を見返した。


「俺達の戦闘は、そのケースに該当するらしい」


中秋君から、オーバへと視線を移す。

正直、頬が引き攣っている。


じゃあ、スコップを持たなくていいというのは。


オーバは悪びれもせずに笑顔のまま言った。


「これからは自家発電に取り組んでもらうからな!」

「紛らわしい言い方すんなーーーー!!!!」


ようやく理解できたと同時に怒髪の憤怒が拳にみなぎるわたし。

ナイスパンチが上司の頬骨の下に入った。

悪かった悪かったと反省もせずに言って去っていった上司と、恋人の顔面にパンチが入ってちょっと流血したにもかかわらずまったく動じず、だから言ったのに~オーバったら~、とか軽く流して去っていったオペレーター。


校門の喧騒が耳に戻ってきて、わたしはがっくりと膝をついた。


「つ、疲れた……」


手をついたそばにひらひらと任命書が降ってくる。


「大丈夫か」

「だいじょぶ……」


任命書を拾った中秋君がしゃがみこんで、涙の乾ききった私の顔を覗き込んだ。


あンのアホ上司! 

大事な水分を返せ!


「……オーバってのが言い忘れてってるんだけど」

「何?」


ようやく顔を上げて、中秋君に向き直った。

やっとしっかり目が合ったのに、中秋君はふいっと視線を外した。


「そのエネルギー開発がパートナー制らしいんだけど」


何やら難しい名称言っていたけど、要するに自家発電だって暴露していった上司は、具体的な任務内容を言っていかなかった。

中秋君の方が詳しく聞いているようだ。

中秋君も、今日、上司とかから話があったのかな……。


そっぽ向いたまま、中秋君は起用に任命状を丸めて寄越した。


「お前のパートナー、俺だから」

「え」


今日この時間だけで、相手に何回聞き直しているかわからない。


「な、何するの」

「さあ?」


また指示待ちなんじゃねーの、と中秋君は両手をポケットに突っ込んで、くるりと方向転換をした。


「とりあえずもう敵同士じゃねぇな」

「そ、そういうことになるんだ……」


休戦協定まで結んでいたけど、実は上の方ではもうとっくに敵対していなかったのかもしれない。


「ま、その方が都合いいけど」


中秋君が呟いた。

わたしは首をかしげた。


「何で?」

「…………だから、おまえはー…………」


校門を向いた中秋君の後姿ががっくりと項垂れた。

頭が見えないくらいだ。


「寒!」


部長の呼ぶ声がして、わたし達はそろって振り返った。

片手を上げて歩み寄る部長と、少し遅れてぜんちゃんがいた。


「あ、あれ?

 ハルカ、一緒にいんの」

「ちょっとわけありで」


声を掛けてから走ってきたふたりだったが、部長はやっとわたしを見つけたようだった。

驚いた顔に、誤魔化しの笑顔で応えた。


「え、寒、これって」

「ダメ、全然ダメ。

 もう帰ろうぜ」

「帰るってったって……」


何が全然ダメなのか、早口で言って歩き出す中秋君に、部長が困った顔でぜんちゃんを振り返って、ぜんちゃんは、いいよ、また夕方ね、なんてさらっと手を振った。


「ハルカ、おばさんが探していたけど。

 写真一枚どうしても取りたいから待ってるって」

「ほんと?

 わたしも探していたんだ」


卒業証書の筒に任命状をついでに押し込んでから、ぜんちゃんの隣に並んだ。

仔犬がじゃれあうように小走りの中秋君と部長の後姿を見ながら、ぜんちゃんと手を繋いで歩き出した。


「ありがと、ハルカ。

 楓、元気になったみたい」


あれで何がよかったのかどうなのかわからないが、おせっかいで心配性のぜんちゃんと部長が満足したようならそれでいい。


ありがとうは、わたしのセリフだな。


決して本意ではない解決の仕方だったけれども、ってか、実際ありえない解決だったと思うけれども、わたしも、悩み事が解消してこれで一安心。


…………かどうかは、もう少し先になってから判断した方が良さそうだけど。

何をするのか良くわかっていないだけに。


だいたいエンジェリーナとデーモナの相性がどうとかこうとか言っているけど、天界と魔界でシステムを統合できるくらいなんだから、元々何で敵対することになったんだか。

中秋君とわたしの戦いは、天界と魔界にとっては決して無駄ではなかったけれども、はっきり言ってわたし達にとっては無駄以外のなにものでもなかったんじゃないのだろうか。


……と考えると、つい疲れて半笑い。



それにしても明日の合格受験の結果の方がよっぽど人生において重大なのに、すっかり楽勝ムードのわたしは、ぜんちゃんを引っ張るように軽いスキップで体育館の壁を離れた。

沿道の膨らみ始めた桜の蕾が、そよ風に吹かれて揺れた。

真上まで上った太陽がじんわりと背中をあっためた。



ま、それもこれも人生勉強ってことで。



エンジェリーナ、ハルカ、もう一働きさせていただきます。

どうぞよろしくっ!




(完)

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エンジェリーナ! 霙座 @mizoreza

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