第7話 start line(1)
あの日は母のお陰で助かった、というか。
何から助かったのかとツッこまれればよくわからないけれど。
中秋君は受験が終わった日なので、家族と約束していますから、などと固い言葉を残して去っていった。
母はそんな真面目腐った態度が好印象だったらしく、今度はちゃんとお招きしなさいね、などと言っていた。
何か勘違い……しているような。
ともあれ。
あの日から、一週間。
今日は卒業式。
わたしはいつものとおり髪を二つに結って、少し早めに家を出た。
快晴だ。
吐く息はまだ白くて、それでも清々しい。ぜんちゃんと、陸上部の皆と写真を撮る約束をしている。
正門には筆で卒業式、とかっちりとした字で書かれた看板が大きく掛けられていた。
校舎に入る前に、部室に向かう。みんな部室の前で立ち話をしていた。ぜんちゃんが遠くのわたしに気がついて、大きく手を振った。
「ところで、ハルカ」
みんな妙にテンションが高くって、よくわからないポーズばっかりの写真を撮るだけとって、予鈴が鳴って慌てて解散した直後。
「中秋君と、何か話した?」
ぜんちゃんが、それとなく言った。
ななな何かって、ななななんでしょっ……。
「楓がね、なんか」
……なんか、なんだろう。
焦りが表情に出てつい半笑いになってしまったわたしの口許を、幸いなことに見ていなかったぜんちゃんが、静かに言った。
部長と中秋君は同じ小学校で、仲も良いらしいというのは知っているけど。
まさかデーモナの話はしているまい。
とぼけるのが、妥当なところだ。
「受験が終わった日から、話してない」
「……そっか」
ぜんちゃんは小さく頷いて、校舎を見上げた。昇りかけた太陽に背を照らされた校舎は暗い。
ぜんちゃんの目は直線に耀く太陽の光を捉えていた。
部長が何と言ったのか。
どれほど中秋君の様子がおかしかったのか。
親友の目から見て重傷、という状態なのか。
ぜんちゃんにまで相談するくらいだから中秋君のことを本気で心配しているのだ。
……中秋君を心配する部長をぜんちゃんが心配している。
そういうの本当に、自慢の親友だなと思う。
深刻さ具合はどうであれ、バイトのこととはまた違った話を指しているようだと思った。受験が終わった日の中秋君の話を考えてみれば、当然といえば当然なんだけど。
それでもちょっと焦ったじゃないか。
ぜんちゃん、すんごい勘がいいし。
……中秋君。
バイト、クビになったって、もしかしたらあれは、落ち込んでいたのかもしれない。
だとしたら、ぼっけぼけの私の対応には腹が立ったのかもしれない。
けれど、あの時あの場所で、本当はわたしも中秋君に連絡しようとしていた、なんて、何となく言い出せなかった。
それを言えば、彼の励みになったのだろうか。傷の舐めあいとでも言おうか、ただの無意味な慰めにしかならなかったのではないだろうか。
……少なくともわたしは。
そう考えて、わたしは一度肩で息をついた。
違うな、と思った。
……わたしは、ちょっと励まされた。
あの日中秋君と話ができて、良かったと思う。
「ハルカ……。ハルカから、中秋君に話しかけてみてほしいんだけど」
「え」
ぜんちゃんが振り向いて急にそんなことを言った。
お願い、と手を合わせられる。
「無理かな。なんか、それで全部収まる気がする」
わたしが話しかけて、ぜんちゃんと部長の間の解決に繋がるのか定かではないけれど。
「……そうだね」
前向きな答えを返してみた。
中秋君と、話をしたいと思った。
何を話すにも今更なのかもしれない。それでも、今日を逃したら、高校に上がったら、中秋君とは別々の学校になって、二度と会わなくなることだってありうる。それで後悔するよりも、当たって砕けた方がわたしらしい。
「善幸、春夏、教室入れ~」
職員室の窓から、ウチの担任が叫んだ。ぼんやり立ち止まっているのが見えたようだ。
卒業式の日にまで遅刻じゃ、笑いもの。
というか、それはそれで記録的なのか。
決して美しい記録ではないが。
「行くよ、ハルカ」
ぜんちゃんのスカートが翻った。
実はそんなに悲しくもなかったのだけど、クラスメートが泣いているのをもらい泣きしてしまった。
式次第すべて終了し、クラスでの個別のお別れもすんで、玄関で在校生に見守られて校門を後にした。
ぜんちゃんと約束したことについては、まったく果たせそうになかった。
中秋君はわたしよりも更に後にクラスに入ってきた。
そして式が済んでクラスに戻ってきたけれど、最後のショートタイムとして先生が登場するまで、またしてもいなかった。
そして今またまた、見当たらない。
大方、どこかで女子にもみくちゃにされているのだろう。
彼はあれで大層もてていたし、第二ボタンとか第三ボタンとか、何でもいいからください、みたいな風習はあるので、ぼろぼろになっているのかもしれない。
何となく群れから離れて、ひとり、名残惜しいのか校門のあたりから動けない生徒達に混ざって校舎を振り返る。
三年間、お世話になりました。
手に持った卒業証書の筒を何となくかざしてみる。
これでこのセーラー服ともお別れだ。
母が見に来ると言っていたけれど、どこにいるのだろう。せっかくだからお母さんと記念写真とっておくのもいいのかもしれない。
きょろきょろと首を動かして、思いもかけない人物が思いもかけない格好で立っていたことに気がついた。
「おっ……」
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