おまもりのはね

第1話

ボクは、小さいころに森で迷子になったことがある。

そのときの思い出は、今もおぼえている。

でも、ボクはそれが、ゆめだったのか、本当だったのか、分からない。

なぜってそれは……


とてもとてもふしぎなできごとだったから、



ボクはえんそくに行って、みんなとはぐれてしまった。

気が付いたら、くらい森の中に、一人で立っていた。

ボクは、なんども、先生や、友だちの名前を呼んだ。

でも、だれも答えてくれなかった。

ボクは、とうとうしゃがんで泣き出してしまった。

すると、りんりんりん、という、すずの音みたいな音が聞こえて来た。

ボクが目を開けると、目の前に、青くて、小さくて、キレイな花が咲いていた。

その花が、あんまりキレイで、ボクのなみだは止まったんだ。

そうしたら、花のうしろから、小さな女の子が出て来た。

絵本に出て来たようせいみたいだった。・

「迷子なの?」

その子が言ったら、周りの、同じ青い花のうしろから、おんなじ顔をしたようせいがいっぱいでてきた。

そして、みんな、同じように、迷子なの?って聞くんだ。

だから、ボクは、迷子なんだ、って答えた。

みんなのところへ、おかあさんのところへかえりたいって、伝えた。

そう、口にしたら、また、なみだが出そうになった。

こわくなった。

もしかしたら、もうおかあさんに会えないのかもしれないって、思ったから。

ボクの目からなみだがこぼれたら、ようせいたちも、こまったようなかおをした。

「オウルをよびましょう」

一人のようせいがそう言ったら、他のようせいたちも、そうしましょう、そうしましょう、と、言い始めた。

そうして、ちょっとの間、しずかになった。

そのあと、ようせいたちは、一回だけ、音をならした。


りーん


それは、どこまでもすきとおっていて、きれいな音だった。


そうしたら、遠くから明かりが三つ、近づいてくるのが見えた。

花のようせいたちの、青い光の中を、金色の光がゆらゆら、ゆれながら近づいてくる。

「まいご、ですか?」

男の人の声がした。

「まいごよ、まいご」

ようせいたちが答える。

そのころには、ボクにもはっきりと男の人のすがたが見えた。

大きな金色の目と、手に持った、ランタン。

それが、三つの光の正体だとわかった。

男の人は、ふつうの、大人の、人間に見えた。

でも、よく見ると、まゆげが鳥の羽のような色と形をしている。

ちゃいろと、おうどいろと、くろの、まだらのような感じ。

それが、ぴんっと、顔の外にまでのびているんだ。

かみの毛も、それとよく似た色をしてる。

「ははさまに、お引き合わせしましょう。きっと、家に帰してくれます」

「ははさま?」

「そう、ははさまです。こちらへ」

ようせいたちが、オウル、と、よんだ、男の人は、くるりと背中を向けて歩き出した。

ボクはあわててそのあとをおいかけた。

ボクがついて歩くと、オウルは少しゆっくり歩いているみたいだった。

それは、子供のボクが、おいていかれないようにしているんだと気づいた。

ボクは少しほっとした。

ようせいたちは、ボクのためにオウルを呼んでくれた。

オウルは、ボクがはぐれないように考えてくれる。

そんな小さなやさしさが、ボクの心をあたたかくしてくれた。

だから、ボクは、きっとははさまがボクを家に帰してくれるって、信じられた。


「ははさま、まいごです」

オウルは、急に立ち止まってそう言った。

でも、ボクには何も見えなかった。

さっきまでと同じ、夜の森があるだけに見えた。

けれど、そう思ったとき、目の前の森がわれて、光があふれてきたんだ。

そう、あふれてきたって感じだった。

それまで中にあったものが、こぼれて、ながれてくる感じ。

ボクの足元にも、その、キラキラした光のすなみたいなものが流れて来てた。

「お入りなさい」

びっくりしていたボクに、キレイな女の人の声が聞こえた。

「ボク?」

「そうだよ。行こうか」

そう言ったオウルの金色の目が、涙でキラキラしていた。

オウルの声も、何だか甘くて、やさしい声に聞こえた。

ボクはドキドキしながらこくんとうなづいた。

それは、怖いからじゃない。

何か、こころがフワフワするような、そんな、ドキドキだった。


光の中に入ったら、目の前に大きな大きな木があったんだ。

それは、枝の一つ一つが、葉っぱの一つ一つが、キラキラと光っていた。

そして、そこから、雪みたいに、光が降ってくるんだ。

ボクがぽかんと口を開けてそれを見上げていたら、

「こちらへ」

さっきの女の人の声がしたんだ。

声の方を見たら、そこにキレイな女の人がいた。

透き通るような光のドレスを着た、とてもとてもきれいな人。

「ははさま?」

「そうだ」

オウルはそう言ってボクの背中を、とん、と、押した。

それだけなのに、なぜか足がすすーっとすべって、ははさまの目の前に来た。

近くで見ると、ははさまはもっときれいで、いい匂いがした。

「おかあさんと同じ匂いだ」

ボクがそう言うと、ははさまはやさしい顔で笑った。

その顔も、おかあさんと同じに見えた。

「私はぜんぶのいのちの母ですから。ぜんぶのいのちはつながっているのです。わたしはすべてのいのちをあいしています。ははですからね」

「よく、分からない」

「いいのです。いつか、分ります」

そう言って、ははさまはボクのおでこにキスをした。

「家にかえりましょう」

ははさまがそう言うと、オウルに何かをわたした。

オウルはボクをかかえると、高く高く飛び上がった。

ははさまがとおくなる。

小さくなっていくははさまが、手をふっているのが分かった。

それを見たとき、ボクはなぜか、なつかしい気持ちになった。

すべてのははさまに見送られて、にんげんのおかあさんの元へ。

ボクは、ずっとむかしに同じことをしたような、そんな気がした。


気が付くと、ボクは自分のへやでねていた。

まくらもとには、リュックサックがあった。

カレンダーを見たら、えんそくの日になってた。

どうしてか、知らないけれど、時間がもどって、えんそくの日の朝になった。

「ゆめだったのかなぁ」

ボクはそう思ったけれど、ボクがベッドからおりたら、ひらりと一枚、鳥の羽が落ちた。

茶色と白と黒のまだら。

オウルの羽だ。

ボクはそっとその羽をほほにつけた。

ふわりと、ははさまの香りがした。

ボクはふふっと笑って、その羽をリュックにしまった。

おまもりのつもりだ。

まいごになっても、助けてくれるだれかがいる。

その気持ちが、きっとお守りになってくれると思った。

おまもりって、そんないみじゃないのかな。

ボクはちょっとだけ、むずかしいことに気付いたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おまもりのはね @reimitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ