第8話 最強だが、モヤシだ

「これからの君の育成計画を伝えようと思う」

「ソシャゲですか?」

「かなりフランクになったな、柿田君…」

いつも通り質素な局長室で、いつも通り僕ら3人は集まっていた。

(もっと色んな人と話してみたいっていう気持ちもあるんだけどな…)

とは思ったが、家入さんによればいずれ誰かとバディを組むそうだし、それまではこの2人への理解を深めようと決めたのだ。

「まず、単刀直入に言うけど…柿田くん!君は体力がなさすぎる!!」

「うええっ!?」

急にコンプレックスを言い当てられて狼狽えた。

「わっ…わかってますよ!しょうがないでしょ!?寝て食べて小説書いてしかしてなかったんですから!!」

「「不健康にも程があるわ!!!」」

言い訳なぞ通じるわけもなく、2人一斉に怒鳴られて終いだった。家入さんは深くため息をつき、人差し指を僕の鼻の頭に突きつけた。

「能力者にとって最も大切なもの!分かるかい?」

「えっ…技術とか…頭脳ですか?」

「違う!体力だよ!スタミナだよ!つまりは筋肉なんだよ!!」

絶句した。多分今のがこの世で最も家入さんに似つかわしくない台詞だ。こんなやさしいおじさんの口から脳筋発言なんて信じたくない。

「今の君が実戦に出ようものなら、まず味方の足についていけなくて死ぬね!!」

家入さんの大声が局長室に響く。言い返せない事実がなんだか悔しくて僕も声を張り上げた。

「でっ…でも!僕はなんでも思い通りにできるんですよね!?だったら体力の強化だって…」

「アホか、柿田君」

ぺしっ、と望月さんのチョップが頭に直撃した。

「君は昨日、何をしていた?」

「えっと、ぶっ倒れてベッドに寝てました」

「そうだろう。それも体力のなさが原因だ」

え?声は出なかったが、目が物語っていたのだろう。望月さんはふーっとため息をつき、人差し指を伸ばして僕に教えた。

「能力の源になるエネルギーはなんだと思う?」

「えっ…なんか…潜在的なオーラですか?」

「違う。体力だ」

衝撃的かつ絶望的な宣告だった。そう、僕だって最初は自分の体力のなさを心配していた。健康で文化的な最低限度の生活すら危うい僕に、ヌチャヌチャした寄生物との戦いが出来るのだろうか?しかし、その憂いは塵と消えた。なんでも思い通りだと伝えられた時に。

(なんでも思い通りなら…とにかくなんでもできるんじゃ…!?)

期待していた。心が踊っていた。だって、なんでも出来ると言われたんだからその瞬間から実戦投入だと思うじゃないか。新作の参考にした沢山の主人公最強系の小説にはそう書いてあったのに。

「私たちは能力をきっかけに集まった集団だ。しかし皆、能力が無くなって身一つになっても戦い続ける覚悟を持ってる。昨日、君に求めた覚悟はそういうものだ。甘い気持ちでここにいてもらっちゃ困る」

僕の目を真っ直ぐ射る家入さんの目は、今まで見てきたどんな人より冷たかった。僕から小説を取り上げようとした時の母よりも、僕が人を殴った時の先生よりも、誰よりも。二の腕が粟立つのを感じた。寒気がビリビリと皮膚を流れた。両肩に乗る空気が重い。

僕は後悔した。力を願ったことを。ここは僕の知らなくていい世界だったのだ。

「…ってことで、君には焔ちゃんから稽古をつけてもらうよ!頑張って体力つけてね!」

重い空気を破ったのは、それを作り出した張本人だった。弾かれたように足が軽くなる。さっきまで立ち込めていたはずの威圧感は微塵も無くなって、そこにいるのは甘ちゃんの僕と優男と美女だった。

「それじゃあ、行くぞ柿田君。死ぬ気でついてこい」

「ヒェ…」

産まれたての猫のように襟首を引っ掴まれた僕は、抵抗の意志をなくして望月さんに訓練場へ連れていかれた。

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なんでも思い通りのチートスキル手に入れたけどそんなことより売れたい 中野仮菜 @terusora3

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