第7話 オイオイオイ、最強かよ…
家入さんによる試験の最終チェックは、「お金を生み出して」だった。
「…使おうとしてませんよね?」
「いやいや!もちろん!確定申告するときとか困るから!」
家入さんの言葉に嘘はないように見えるが、如何せん
「何かを作れ」と命じられるのは初めてだったが、訓練場の端っこで武器らしきものを作る人たちは見えていた。これも能力の一種ということは、きっと頭の中に完成形を思い浮かべるのだろう。僕はドラマでしか見た事の無い、山のように聳える札束をイメージした。
その質量、その体積、その密度、その重力、限りなく緻密に、精密に脳裏に描き出していく。
「はぁッ!」
なんと言えばいいのか分からずにただ声を張った。望月さんによると、初心者のうちは声に出して能力を具現化させやすくするのが良いらしい。
右手に集約された熱のようなものが、一気に外へ放出される感覚。大なり小なり、能力を使えばこの感覚に襲われる。一瞬の低体温症と言った感じだろうか。
目の前で、床に近い所から紙が作られていく。それはどんどん紙幣の色に染まり、やがて隊列を組み、札束の山としてそこに現れた。
成功したかどうか、その答えを知りたくて、家入さんに首を向けた。しかしそれは叶わなかった。
「柿田くん!?柿田くん!!しっかり!!」
ガクン、と膝が鳴った。低体温症は一瞬では済まなかった。インフルエンザのときの、熱いのに寒気で震える不快感を思い出した。倒れ込んだ僕は受け身もままならず、最後の抵抗で顎を思いっきり引いた。そのおかげでなんとか後頭部は守れたが、代わりに背骨が衝撃を引き受けた。痛みと強まる寒気に、僕は瞼を閉じるしかなかった。
□
「あ、起きた!大丈夫?」
起きるなり家入さんの顔が近くにあった。僕は思わず後ずさった。寝た状態で後ずさることができたのかは疑問だが、とにかく家入さんが綺麗すぎてビビった。
最初は青色だと思っていた彼の瞳は、所々紫を混ぜた、冬の夕方の空みたいだった。凛として美しい、家入さんそのものを表すような瞳だ。
「柿田くん、自分がどうなったか、分かる?」
「わか…らないですね。倒れたところまでは記憶があります」
「それは分かると言うんじゃないかな」
家入さんはフォークで刺したリンゴを僕の口に詰め込む。丁寧にうさぎの形に切られていて、おいしい。
「君の能力がなんなのか、分かったよ」
家入さんはまだリンゴを切っている。
「本当ですか」
「うん。聞きたい?」
聞きたくない訳がなかった。
「聞かせてください」
「うん…君はね…すごい力の持ち主だよ」
彼は笑っていたが、同時に諦めたような顔をしていた。言葉を捻り出すのに珍しく苦戦している様子だった。
「端的に言うとね、君はなんでも思い通りにできるんだよ」
「へっ?」
「私は局員全員の能力を検査してきた。そこで、この能力には幾つかの系統があることを見つけたんだ」
僕は家入さんを見た。いつもと同じ、愛想のいいおじさんの笑顔がそこにあった。
「今見つかっている系統は4つ。攻撃、防御、変質、作成の4つだ。あとは例外かな、君や私のようなね」
家入さんは授業を続けた。話によると、能力の系統によって局内での役割も変わるらしい。
攻撃系はその名の通り攻撃に特化しており、寄生物との戦闘を担う。しかし単独で任務に向かうことはほぼないらしく、防御系とバディを組んで戦うそうだ。
その防御系は攻撃を防ぐ、止める、受け流すことを専門とする盾役。周囲にバリアを張ったり攻撃を跳ね返したりが一般的らしい。
変質系と作成系は調査局の中で仕事をする。作成系が作った武器や服を変質系が強化し、実戦で使える装備に昇華させる。こちらもバディのような関係といえるかもしれない。
「そして私は例外。他人の能力がどんなものか、一目見れば分かる。まぁ、柿田くんのは分からなかったけどね」
「例外の能力は見ても分からない、ってことですか?」
「どうなんだろうね?そもそも例外は例がないから例外なわけで。実際、さっきまで例外なんて私ただひとりだったんだよ」
家入さんはナイフを置いた。手元に大量のウサギが生まれている。
「それでね、君の能力は、4系統のすべてを扱うことができてた。本来、自分とは別の系統は全く扱えないんだけどね。そこは私も例外じゃない」
僕の脳裏に先程の検査が映った。確かに火の玉を放ったりバリアを組んだり、どれもが4系統のいずれかに当てはまっていた。
「君は未知数だよ」
家入さんは呟く。
「4系統だけじゃない。本当に、なんでも、できてしまうかもしれない。君が善良な人間で良かったよ。こんなの敵に回したら世界が終わってしまう」
「そ、そんな…」
「それぐらい、能力っていうものは強大なんだ。局員のみんなはその強大な力を制御するために毎日必死で訓練してる。君も同じことをすれば、間違いなく最強になれる」
「最強って…僕にそんなの、できるわけが…」
「いいや、できるよ」
思わず頭を跳ね上げた。というより、自然に頭が上がった、という方が正しい。家入さんの温厚な雰囲気は消え去り、寒気がするほど合理的な『局長』だけが残っていた。
「言っただろう?見れば分かる。君は最強になれる。いや、なってくれ。どうか私たちと共に戦ってくれ」
家入さんの冷たい2つの青が僕を刺し貫く。ふと思った。僕は今まで、ただの見学者だったのだ。
知ってはいけない世界の秘密を開示され、部屋を与えられ、そこで寝たというのに、未だに僕はこの場所の一員ではなかった。戦う覚悟を持ち合わせていなかった。
家入さんが僕の手を包む。見た目よりずっと大きくて、ずっと堅い手は、もう僕を放す気はないらしい。爽やかな笑顔を作ることに努めて、告げた。
「はい。ここで共に戦わせてください」
待っていた、と言わんばかりに家入さんは笑みを取り戻し、「うん」とだけ言った。サイドテーブルにウサギたちを置いて椅子から立ち上がった。
「どこへ行かれるんですか?」
「君の武器やらなんやら、色々の用意だよ。これからビシバシ指導するから覚悟してね」
彼は意地悪く笑った。局長は笑顔の使い方がうまい。
「期待してるよ。君なら、あるいは…」
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