第6話 意外とつまらないヒーロー組織
『食堂』と記されたプレートをくぐり、朝食を求めて望月さんの隣に座る。まだ6時を回らないというのに、食堂には大勢の人が集まっていた。意外にも皆それぞれの服を着て、思い思いに過ごしている。
「統一された制服とか、ないんですか?」
「あはは、資金が足りないよ」
望月さんによると、表向きの調査局は寄生物(アノマロカエルとか)による問題を片付ける専門の相談所として機能しているそうだ。依頼主は様々で、民間から自治体、更には役所からの頼まれごともあるんだとか。
「能力のことも大っぴらに出来ないし、はっきり言ってお金には困ってるんだよね。局員のみんなでそれぞれアルバイトとかしてなんとか食いつないでる」
ファンタジーな活動内容に似つかわしくない、やけに現実味を帯びた懐事情。部屋の普遍さを見た時よりもがっかりした。
「あの、そんなに困ってるのに、どうしてみんなで暮らしてるんですか?」
僕が問うと、望月さんは目を丸くした。
「あれ、言ってなかった?」
「はい。保護する…んでしたっけ?」
「そう」
望月さんは淡々と語り始めた。
「まぁ、結論から言うと、ここにいないと殺されちゃうんだよね」
えっ、と声をあげた僕を見て、望月さんは続ける。
「寄生物がなんなのか、まだはっきりと分かってないことは前に言ったよね。でも少し分かってることがあるんだ。奴らは能力者を殺しにくるんだよ」
その生態、分類、生殖方法まで、何一つ分からない寄生物。しかし、調査局は数多の犠牲により、ある1つの事実を暴き出した。
彼らは能力者を殺すためだけに動いている。
当然そのためなら他の何も厭わない。集団で襲いかかってきた際は、味方である寄生物をちぎって投げてきたそうだ。
「しかも恐ろしいことに、奴らは生命力が半端なく強い。仲間にちぎられているのに、すぐさま手足を生やして散り散りに襲ってくる。こんな奴らの存在が世間にバレようものなら大パニックだ。私たちの存在を知ってるのなんて、国のごくごく少数のトップしかいない」
望月さんの口調は、知り合ってから今までで最も深刻で、寄生物の蹂躙の光景が生々しく想像できた。物書きの僕からすれば、どれだけ生々しい描写が出来るかは小説家そのものの評価対象になりうる。だから口頭でこれだけ上手く状況を伝えられる望月さんに憧れを抱いたのだが、望月さんを挟んで隣にいた局員は口元を抑えて顔を青くしていた。望月さんはすぐさま彼女の背中をさすり、「ごめんな」と何度も謝った。
「柿田君も、すまないな。朝食前だというのに、こんな話をしてしまって」
あ、いえ、大丈夫ですと伝える前に、望月さんは席を立ってどこかに行ってしまった。しばらくすると、両手に朝食の乗ったプレートを持って戻ってきた。
「さ、食べよう!」
望月さんはやけに明るく言った。彼女なりにさっきの話をしたことに責任を感じているんだろう。気にしなくていいですよ、そう言いたかったが、図々しく思われたので目の前の味噌汁に集中した。和食も健康な朝食も、ここ何年ずっと食べていない。母が入院してからというもの、ずっと僕の体を作り続けていたのはカロリーメイトひとつだ。
少食な方だと自認していたが、案外よく食べる人間なのかもしれない。横の望月さんが笑うほど、僕の料理は光の速さでなくなった。
「おかわりいるかい?」
「はい。取ってきます」
そして2回目もまた凄まじい速度で完食し、望月さんと世間話をしていた時。
「おはよう、柿田くん、焔ちゃん!」
明朗な声で挨拶してくれた家入さんに挨拶を返す。家入さんは僕を見て、うんうんと頷いた。
「昨日より血色が良くなってるね。よく眠れた?」
「えっと…正確な睡眠時間は分からないんですが、よく寝たと思います」
「うん、いいことだね」
家入さんはまた満足そうな顔をした。そして朝食を持ってきて、僕の左で食べ始めた。
「柿田くん、今日こそ授業をやるよ。あと、柿田くんの能力がなんなのかも判別しないと」
訓練場で待ってて、と言われて、僕は食堂の扉を目指した。望月さんも後ろを歩いてくれる。2人でまた話しながら訓練場へ向かった。
□
待つ必要があったのか疑うほど、家入さんはすぐに到着した。
「よし、じゃあ始めるよ〜。能力がなんなのかは知ってる?」
「能力を持ってると、寄生物に襲われちゃうんですよね?」
「そうそう。寄生物から自分や他の能力者を守るために、私たちは日々能力の鍛錬をしてる」
家入さんが望月さんに視線をよこすと、彼女は頷いて右手を前に掲げた。すると、
「わっ……!」
望月さんの右手から火の粉が生まれ、やがて手首まで炎に包まれた。揺れる炎は近付くと確かに熱い。触れれば火傷するのが目に見えていた。
「凄いでしょう?」
望月さんがそんな視線を寄越してくる。確かに、燃え盛る紅い焔は凄く、そして美しかった。
「焔ちゃんの能力は攻撃特化だから、普段は防御型の能力を持つ子とバディを組んでるんだ。こんな風に、能力の内容によって戦い方も変わってくる」
「家入さんは、どんな能力をお持ちなんですか?」
僕が聞くと、家入さんは苦笑いした。まるで痛いところを突かれた、というような表情だ。
「私のは、全く戦闘に向いてないんだよね…能力の傾向や伸び代が分かるぐらいだよ」
あぁ、だから局長たる家入さんが直々に僕の能力を判別するのか。納得はしたが、僕は困ってしまった。
「でも僕…能力の使い方、分からないんですけど」
「え?あ、あ〜」
家入さんがちらと望月さんを見る。視線を向けられた当人もふるふると首を横に振った。
「恐らく柿田君が能力を使えたのは、死の間際で働いた生存本能のためです」
「成程。それなら、今使い方が分からないのもうなずけるね」
家入さんはこちらに向き直り、1歩前に出た。
「いいかい、柿田くん。能力は、無意識に使えるようなものじゃない。使う時は必ず、自分が能力を使うという意思決定が必要になる」
僕は文脈から、いま求められていることを読み取った。
能力を使う、意志を持て。
昨日と同じように、ロボットが全速力で向かってくる。けど今日の僕は昨日とは違った。あの、死を覚悟した瞬間を思い出す。背中が震えた気がした。
「止まれ!!!」
キィィン、と音がした。フルスピードで走っていたはずのロボットは、反動すら見せずにその場に止まってみせた。いや、僕が止めたのだ。
「うん。まずはOKだね」
休む暇も与えず、家入さんは次の課題を課した。
「この剣を、球体にしてみて」
手渡された剣は、見たこともない黒色をしていた。よく見ると虹色の反射を持っている。見た目に反して軽く、片手に載せてもほぼ重さを感じない。僕はさっきと同じ要領で能力を使った。
「球になれ!」
言葉を受けた剣はみるみるうちに折れ曲がり、やがて一切角のない球体に変化した。体積が小さくなったためか、さっきよりも重く感じる。
その後も、「ロボットの腕を落として」や「逆に繋げて」、「自分を強化して」など、ファンタジー物語に出てくる大半の魔法を再現させられた。
「よし。頑張ったね、次で最後だよ」
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