第3話
05
路地を抜けバスのターミナル広場に出る。高架型の歩道へと続く階段を登る。
人混みの忙しなさ、その流動はカオスの極み。建ち並ぶビル群と無数の広告が見える。
サラリーマン風の男が「君たち、今時間あるかな?」と声をかけてくる。俺は判然としない対応をしてしまい、隣にいた夢咲が「急いでるんで、ごめんさない!」と俺の腕を引っ張る。
八階建てのショッピングモールに入る。
洒落た小物や若者受けの良い腕時計が目に入る。有り体に言えば女子向けの商品が並ぶフロア。
チラリと夢咲を見やると、何とも興味津々と言った様子である。
「少し見ていくか?」
「いいの?」
まあ、寄りたいのは五階だが、そんな急ぐ必要もないしな。
俺は頷くと、彼女は嬉しそうに笑う。
ざっと見て回るとアクセサリーの他に日用品やキャラクターのグッズなどが陳列されている。
俺は特に欲しいとはならない。しかし、興味が全く無いという訳でもなく、縁遠い商品が並ぶ店は何とも新鮮だ。
何となく目に止まったものを手に取ってみる。小瓶のような形状に、色とりどりのキャップが取り付けられている。
「なあ、これは何に使うんだ?」と俺は彼女にそれを見せながら訊いた。
最初は夢咲もピンと来なかったようだが、商品棚を確認すると、合点がいったらしい。
「これオイルだよ」
「料理に使うのか?」
クスクスと笑いながら「調理用じゃなくて、アロマだよ」と言って、試供品とシールの貼られた瓶を手に取り蓋を開ける。
蓋を開けるとボールペンのような銀色の球面が装着されているのが分かる。
夢咲はその球面を手の甲につけて転がし、その後軽く擦るように広げた。
彼女は俺に手の甲を差し出し「ほら!」と言った。嗅いでみろと言わんばかりに。
俺は手を団扇のように仰ぎ匂いを嗅ぐ。ふわっと花のような香りが鼻腔を
「どう?」
「良い匂いだけど、どっちの匂いかわからんぞ」
「?」
「アロマの匂いなのか、女の子の匂いなのか」
「三紙君ってちょっと・・・・・・」
苦笑いをされた。それは「キモい」って意味で差し支えないのだろうか。
視線を感じる。どうやら女子中学生くらいの子達がヒソヒソと何か話しているようだ。
概ね、夢咲を見て読者モデルやらアイドルやらと思っているに違いないな。
夢咲も視線に気がついたらしく、女子中学生達に手を振るとキャッキャと喜んだ。
何処へ行けども一目置かれるとは、難儀なものだ。
エスカレーターに乗り、五階へ上がる。
五階には、本が所狭しと陳列されている。そう、書店だ。
ライトノベルの新刊台を見る。えーっと確か『世界最強の
こう、表紙が見えるように面で並べられるとどれが何やらで探しにくい。
「これか?」
俺は
表紙に描かれているのは、際どい服を着た巨乳美少女。タイトルも確認したし間違いない。
「ふぅん、こういうのが好きなんだ」
「頼まれたんだよ。友達に」
「えー? 大丈夫だって! 偏見とかないし」
全く信じてないなこいつ。
「
「えー?」
まあいい。レジで会計を済ませてしまおう。
「六百五十円です。丁度お預かり致します」
レシートを受け取り財布の中へしまう。
待っているはずの夢咲の姿が見当たらない。トイレだろうか? とりあえず回って探す。
新書や文庫コーナー、他には実用書だろうか? いや雑誌か? 参考書コーナーにも居ない。
元の場所だろうか──踵を返しライトノベルが置いてある場所まで戻ると、その付近で彼女を発見した。
夢咲は漫画コーナーの前で立ち尽くしている。
「お待たせ」
「・・・・・・・・・・・・」
無視?
「夢咲? 夢咲さーん?」
「え? ああ、ごめんごめんボーッとしてた」
用事も済み、特に寄りたい場所も無かった為、俺たちはそのまま二階へ下り外へ出た。
帳が降り、冷えた空気が肺を満たす。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「うん、またね」
「気をつけてな」
別れを告げて、駅へ向かう。二駅で下車し、停めてある自分の自転車の鍵を外し跨る。
家へ向かう道とは反対側方面、竹彦の家へ向けてペダルをこぐ。駅からは少し離れた場所だ。
東小学校を通り過ぎ、十字路に差し掛かる。左手にあるイトウ酒屋が目印──左折し、大きめの一軒家が見える。ここが、竹彦の家だ。
インターホンを鳴らすと、スウェットを着た大学生くらいの若い女性が出てきた。
「へい、どちら様ですか? 」
「夜分に失礼します。竹彦君居ますか?」
「ん、待っててね」
多分、お姉さんだ。竹彦から聞いた話だと相当怖い人らしいけど、なるほど少し納得してしまった。コンビニの前でガニ股座りしていても違和感がない。
竹彦が二階から降りてくると「おー!」と、元気よく駆け寄ってきた。
何故かお姉さんも後ろに待機している。
「これで間違いないか?」
そう言って俺はビニール袋を手渡す。
「おお! 間違いなく最新刊だ。いやマジ助かる!」
それは良かった。
竹彦の家は門限に厳しい。その上今日は放課後に用事が出来てしまったらしく、どうしても買い物をする時間が作れないとの事だった。
「マジ助かる〜じゃねえよバカ」
お姉さんが竹彦の耳を引っ張る。俺は動揺してしまう。
「パシらせた挙句に、家まで届けさせてんじゃねーよ」と言いながらヘッドロックをかます。
「ねーちゃんギブ・・・・・・」
今にも泡吹いてしまいそうだ。
「君、名前は?」
「
「カミカミ君、このバカにイジメられてたりしねーだろうな」
そんなアダ名初めてなんですが。
「自分はクラスの中心的人物でイジメとか無かったと思います」
「やっぱりイジメられてんじゃねーか! このクソ弟、マジでシバくぞ」
「冗談ですよ。本当はただの友達です」
「本当だろうな?」
ギロリと、三白眼な目に睨まれてビクッと肩を強ばらせる。俺は素早く二回頷いた。
組技を解いた。
「ヒデェよ・・・・・・見損なったぜ」
「悪ぃ」
「とりあえずサンキューな。今度お礼させてくれ」
そう言って足早に二階へ戻って行った。
竹彦のお姉さんが近づいて来て、ジロジロと舐め回すように見てくる。俺は蛇に睨まれた蛙のように固まる。
手を伸ばし、俺の頭を乱暴に撫でたあと、頬を両手で摘んで引き伸ばされる。
「ふぎぎ!」
何だ何だ?
「うちのバカも、こんな風だったら可愛いのに」
「は、はあ」
「じゃ、気ぃつけて帰りな」
俺は軽く会釈をして自転車に跨った。
ちょっとだけ、竹彦の事が羨ましくなった。
06
ベッドに寝転がって、天井を眺める。
スマホで時間を確認すると、午後十時四十分と表示されていた。
ゴロンと寝返りを打つように横向きになる。すると、枕元に読みかけのSF小説が転がっていた。
あれ、おかしいな。今朝リュックに入れたまんまで、出した覚えはない。
ゆっくりと体を起こしてリュックを確認すると一冊の文庫本。ブックカバーがされている。
パラパラと捲ると、なるほどと合点が行った。これは最近読み終わった小説。出かける時にバタバタしていて、よく見ずにこちらを入れてしまったのか。
過疎化が進む町に引っ越してきた絶世の美女。彼女の人を惹きつける魅力は、やがて町全体を飲み込み暴走する。一人によって多くの人間が狂わされるカルト的サスペンス。
俺は
サラッと読んでいると、少し気になることが書いてあった。
(一部抜粋)
話は逸れますが、執筆前はもう少し違った内容でした。ツルゲーネフの『初恋』的な感じと言いましょうか。
(中略)
考えが中々纏まらず、ほとほと困った時に自分のルーツを辿ってみる事にしました。
その昔、自分はインターネット上に二次創作を公開しておりました。これがまた酷い出来でして見れたモノではございません(笑)。
どの辺りが酷いのかと言いますと、俗に言う「メアリー・スー」なのです。いやほんとにお恥ずかしい。
ただこういった文化の中では、賞賛されてしまう訳なんですよねこれが。どの界隈にもあるとは思いますが。
メアリー・スー? 聞き馴染みのない単語だ。
眠気が増して、コクコクとうたた寝しながらスマホで検索エンジンを立ち上げる。
そのキーワードで検索をかけた瞬間、プツンと電源が落ちたように意識が途切れた──。
厭劇のヒロイン @apri_lfool
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