第3話:魔法の設定とか後付けでいいや

 ねえ、魔法の設定、ちゃんと考えたよ!


 なんでこういう時だけ何も言わないの?なんとか言ってよ、ねえ。私、今日はテンションがちょっと高いんだ。だって土曜日だし午前中だし。

“場所の設定と異世界の設定はまだ? 今後の展開は考えたの?”

 そ、それはまだだけど……でも、素敵な魔法が出来たと思わない?

“後付けの設定なんて薄っぺらになるだけ。そもそも「思ってたのと違う異世界」を名乗っておいて普通じゃん”


 私は黙ってペンを握った。実際はいつも黙っているけど。高揚した気分が落ちついて、沈んで、沈んで……


 そしてまた、私は小説を書く。



 ーーー


 あれ、今なんか吸い込まれた気がする。確かさっき目の前に大きなブラックホールが現れて……分かった、一瞬でワープしたんだ。ニコリさんとサンマちゃんも一緒に。だって、視界がそうなってるもん。


 とりあえず情景描写を急ごう。ここはデスゲーム会場ではない。でも、屋内だ。部屋だ。赤色の天井、青色の床、黄色の壁。正面に大きな緑色の机と四人分の黒色の椅子。その一つ、反対側に異世界屋が座っている。壁の一方には茶色い本で敷き詰められた紫色の本棚……カラーチョイス間違えてない? 生活するのはちょっとなあ。

「さあ、座って貰えるかな」

 サンマちゃんは背中を向けている。身が硬い。猫だったら毛を逆立てていそうだ。ニコリさんがこちらに振り向いたーー身体を冷たさが通過していく。そうだ、ニコリさんは半分仮面だった。もう半分も笑顔だった。

「……まだ勝てる相手じゃないわね。手を出してこないうちは、従うのが吉だと思うわ。大丈夫? サンマちゃん」

 サンマちゃんは小さく頷いた。



 私が異世界屋と対面に、ニコリさんがサンマちゃんの対面に座った。リュックとスケボは壁に立てかけておく。異世界屋は満足そうに顔をゆがめる。

「ここは、ボクの拠点だよ。神様が書いた生まれる世界の記録を収集している部屋なんだ。ボクはその記録を「スキャン」して形にする仕事をしているんだ。端的に言えば世界の生成だね」

「スキャンって、魔法?」

「うん、魔法さ。もう魔法の説明は半分済んでいたね?」

「なんで知ってんの?」

 異世界屋は折角座ったばかりなのに立ち上がる。後ろの紫の本棚から一冊の本を取り出した。この人がページをめくる音は、本よりもトランプに近い気がする。

「そうだね、実際に見せながら説明した方が早そうだ」

 異世界屋の片方の手元から、棒状の光が生まれた。今息を吸ったのは誰だろう。光の色は赤、黄、緑と変わっている。クリスマスツリーのイルミネーションでありそう。

「魔素を身体に取り込んだら、あとは勝手に魔力になる。魔力を使う方法、それを「魔法」と呼ぶんだ。その魔法の一つが「スキャン」という訳さ。ほら、こうやって……」

 異世界屋が光のくっついた手のひらを本に向けた。本当にスキャナーみたいに、光が本をなぞっていくのがはっきり見える。地味だ。音もない。多分魔法の中では一番地味なのに、不思議と惹き付けられる。

「はい、こんな感じでスキャンすれば、記録は魔法コンピューターに放り込まれる。あとは勝手に世界が生成されるよ。少し時間はかかるけどね」

 光が消えると同時に、今度は本が光り始めた。「ぎゅいん」と音がして、ホログラムのようなものが浮かび上がる。

「これは、世界の映像だよ。どうやら成功したようだね」

「あら?」

 ニコリさんが身を乗り出した。ホログラムは、だんだん鮮明になっていく。何か街のようだった。夜の街だ。ビルとビルの間を、何かが跳んでは駆けていく。綺麗な銀色の髪にラバースーツ、ナイフを持った少女……!?

「キル!? キルだ! 私の推しだ!!」

「……記録の中にはね、勿論神様自身のものもあるんだけど、他に誰かが作った「創作の世界」もあるんだ。ただ、それを世界にするかどうかは僕らが「必要性」に応じて決めている」

 完全にキルだった。正確にはアニメと映画と漫画だけどね。うひょー、なるほど!! 推しを実在させることもできるのか!! またテンション上がってきたわ!! ニコリさんを見ると、同じように目を輝かせている。え、ニコリさんも知ってんの!?

「さて、これで世界は生成された。時空転移の魔法もあるから、まだ信じられないなら連れて行ってもいいけど……つまりね、が交渉材料だよ」

 異世界屋は、光の消えた手で本をぱたんと閉じた。ああー、閉じないで! ホログラム消えちゃったじゃん!!


「キミたちにはこの世界を……そしてできれば、三つの世界を救って欲しい。もしできたら、それぞれの世界を造らせてあげるよ」


 三つ。救う。造らせる。それぞれの世界を。

 さっきのサンマみたいな、ニコリさんの横顔をみたときみたいな、ひんやりが頭に戻ってくる。ニコリさんとサンマちゃんも同じかもしれない。

「救うって、何から?どうやって?」

「安心して。この世界を救えたら、自動的に他二つの世界も救われるはずだ。どうやって救うかは、おいおい分かってくるんじゃないかな」

 そんな適当な。結構大事な話をすっとばしてくるじゃん。異世界屋は無造作にもう一冊本を引き出すと、席に戻ってきた。

「キミたちにこの『魔法の本』をあげよう」

 異世界屋は机の上に本を滑らせる。私はその本を抱えた。重い。リュックサックに入りきるかな、これ。

「何が目テキ?」

 サンマちゃんがやっと口を開いた。さっきよりも固くない声だった。なんというか、不安そうな声。

「どうしテ、サンマたちなの」

「……それも、今は教えられない」

 異世界屋、なんで急に寂しそうな顔になったの。ニコリさんが何か言いかけたときに、私は手をぱちっと叩いた。

「まーさあ、要はなんかあったらどうにかすればいいんでしょ? 私たち初対面だけど、なんか仲良くなれそうだし。心配いらないって、サンマちゃんもニコリさんも」

「そうかしら……」

「魔法とかもなんとか覚えられるって! サンマちゃんもいるし! だから、心配いらないよ! 」

 キルを思い出しながら、明るい声をつくる。心配だよ、本当は。だって何も分かってないもん。でも、

「分かってないからこそ楽しいってことじゃん?」

 つい声に出してしまった。くっくと変な音が聞こえたけど、よく見たら異世界屋が笑っていた。

「イチカ。君は本当に……」

「ふふっ、本当に優しいわね」

 次に笑ったのは、ニコリさんだった。なんでサンマちゃんも笑ってるの?なんか変なこと言ったっけ。まあいいや。私も一緒になって笑う。



 結局その日はあの異世界に戻り、適当な宿で休むことになった。宿の話もしたいけど、長い一日だったし略しても問題ないかな。


 ーーー


 ダメだ。


 顔を上げる。今、イチカが宿の話を略したのは、これ以上続けるのが苦になったからだ。最後の方は、無理やり終わらせてしまった。


 なんだ、この小説は。ニコリもサンマも、動きがない。それに、性格もほとんど一緒だ。ああ、ダメだ。一時の勢いで小説を書くのは。なんでこんな小説を書いたんだろう、一話の時はまだ書けていたのに。

 この冒険は、ここで止めてしまおうか。


 横に置いていたスマホから、調しらべが唸った。画面には「学校」と映し出されている。


 一瞬の間の後、私はスマホを手に取った。

「はいもしもし」

《おう、安良木。土曜日に済まないが、こないだの書類に不備があってだなーー》

 その声は、毎日聞いているあの声。

「すみません、今から行きます」



 ああ、そう。

 高揚も落胆もそろそろ終わりだ。

「無機質な現実」に戻らないと。

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