番外編第十話「第二王妃アラベラ」

 統一暦一二一三年十月一日。

 グライフトゥルム王国中部王都シュヴェーレンブルク郊外、離宮内。第二王妃アラベラ


 十七年前の今日、私は王家に入った。

 当時、私は十六歳の小娘に過ぎず、国王陛下の下に嫁ぐということに戸惑いを感じていた。


 婚約が決まったのはその前の年の十二月。その時の私は翌年から通うはずだったシュヴェーレンブルク王立学院高等部の文学部での生活に胸を膨らませていた。

 それまで私は領都マルクトホーフェンで過ごしており、王都での生活は憧れだったから。


 それに侯爵家の長女ということで、親しい友達もおらず、学院に入ったらサロンを開き、友人をたくさん作るつもりでいたのだ。


『来年の秋に国王陛下に嫁ぐことが決まった。今から準備をしておくのだ』


 父ルドルフから突然、話があった。


『私が国王陛下と……側室ということですか?』


『王妃としてだ。我がマルクトホーフェン侯爵家の娘が側室などありえん』


 その頃、私は父を恐れていた。

 父と話をするのは年に数えるほどしかなく、強い口調で命令してくる父が怖かったのだ。


 その頃、母は他界しており、弟のミヒャエルは父と一緒に王都にいることが多く、家族という感じがしなかった。

 父にはもう一人子供がいたが、使用人の子であったため、最初から家族という認識はない。


『学院には行けないのですか?』


『当たり前だ。あと一年もないのだ。王都に行って礼儀作法を叩きこまねばならん。学院で遊んでいる暇などない』


 その言葉に愕然とし、自分の部屋に戻って泣いた記憶がある。


 それから王都に行き、年末年始の行事では陛下の婚約者ということで、さまざまなパーティに出席した。

 しかし、どこに行っても私は歓迎されなかった。


 正確に言うと、我が家に属する貴族のパーティでは最上級の待遇で、皆から褒めちぎられた。でも、そのほとんどが父に対する追従であり、私を見ている人は誰もいなかった。


 特に女は酷かった。

 マルクトホーフェンで育ち、社交界に出たこともなく、何も知らない小娘が父親の権力で、陛下の横に座るということで、嫉妬されたのだ。


 当時の私は嫉妬という醜い感情を身に受けたことがなく、最初は私の態度が悪いのだと思い込んだ。そして、できる限り彼女たちに気に入られようと、積極的に輪に入ろうとしたが、それが失敗だった。


 婉曲に嘲笑されることは数知れず、そのことを父に訴えると、逆に私が叱られた。


『お前は王妃となるのだ。そのようなことを許してどうする! そもそも迎合する必要などないのだ!』


 父は私を叱責しながら、その女たちの夫や父親を叱責したらしい。そのため、私が茶会を開いても当たり障りのない会話を少しするだけで、近づいてくる者は誰もいなかった。


 今なら分かるが、下手に近づいて父を怒らせたら大変なことになるから、不敬にならない程度に出席し、私以外と話をして時間を潰していたのだ。その結果、私は誰とも仲良くなることなく、王宮に入ることになった。


 国王とは何度か顔を合わせたが、一度も私の目を見ることはなかった。

 しかし、第一王妃のマルグリットを見る目は優しく、生まれたばかりの第一王子フリードリッヒと三人でいる時は幸せそうに笑っていることを知った。


 私は誰にも望まれていないと思った。

 それから、私はこの世のすべてを憎むようになった。そして、私を必要としない世の中なら、どんな風に思われてもいいと考えることにしたのだ。


 それからの私は完全に吹っ切れ、自分の生きたいように生きた。

 気に入らなければ、ご機嫌伺に来る貴族たちを見下し、馬鹿にした。

 私は彼らより上位の王妃なのだ。だから、侯爵だろうと伯爵だろうと、ぞんざいな態度でも構わないと考えたのだ。


 結婚してすぐ、子を作ることを国王に要求した。

 国王は最初、嫌悪感を示したが、父の権力を使って脅し、強引に肌を合わせた。


 幸い、すぐに子供ができ、翌年にはグレゴリウスが生まれた。

 まだ十七歳であり、予定より半月以上早い出産で、一時は命の危険があったらしい。その結果、私は子を産めない身体になったらしい。


 このことは私と治癒魔導師しか知らない事実だが、国王は子を授かったことで更に私に近寄らなくなった。


 その頃、私は国王のことはどうでもいいと考えていた。

 優柔不断で大貴族の言いなりになるような弱い男に興味はなかったからだ。


 私の希望はグレゴリウスだけだった。

 しかし、父はそのグレゴリウスを私から取り上げようとした。


『お前に育てさせたら、次期国王にはなれん。私が教育係を付ける』


 それでも私は抵抗し、六歳になるまでは手元に置いた。

 その頃、国王はマルグリットと二人の子を溺愛し、私とグレゴリウスを無視していた。

 無視されることは構わなかった。しかし、許しがたい話を聞いてしまった。


 国王にグレゴリウスのことで話をしようと思い、私室に行った時、偶然声が聞こえてきた。


『……あれには絶対に王位を譲らない。早い段階でフリードリッヒを王太子にしたいと思っている。マルクトホーフェンが反対しても……』


 私はそこで頭に血が上った。

 腑抜けで無能な男のくせに、私の愛する息子を認めないなど許せない。


 それから王家の資産を使い、暗殺者を雇った。

 国王の愛する子供たちを殺してやろうと思ったのだ。それもあの女の前で。


 幸い、侍女の一人が伝手を持っており、その者に命じて暗殺者の女を侍女として王宮に入れたのだ。


 しかし、国王や王子には陰供シャッテンが付いている。

 暗殺者がどれほどの腕かなんて私には分からないが、何となく失敗すると思っていた。

 そのため、その女に毒を塗ったナイフを用意させた。


 二人の王子を殺すことには失敗した。

 私自身もあの憎いジークフリートに大火傷を負わされ、一生残る跡を付けられた。


 しかし、あの女、マルグリットを殺すことに成功した。

 殺した後に思った。

 私が殺したかったのは王子でも国王でもなく、あの女だったと。


 そのため、王子たちの暗殺には失敗したが、思ったより清々しい気分だった。

 このことで死罪になってもいいとさえ思ったほどだ。


 しかし、その気分を害する者が出てきた。

 エッフェンベルク伯爵家の長女、イリスだ。


 近衛騎士としてあの女を殺す時にいたことは知っていたが、私を告発しようと動いていると聞いた。そのため、イリスを暗殺するように命じた。


 しかし、それは失敗に終わった。

 それでも私の覚悟に恐れを抱いたのか、それ以降、私の邪魔をすることがなくなり、それで私は満足した。


 マルグリットを殺した罪は問われなかった。

 そこで私は気づいた。

 私は自分の思ったままに生きればいいのだと。


 父は鬱陶しいし、弟もうるさいが、邪魔ならば二人とも消してしまえばいい。

 そう考えて父を殺した。


 弟もことあるごとに私に自重しろとうるさかったので殺したかったが、グレゴリウスのために生かしておくことにした。


 これで私の邪魔をする者はほとんどいなくなったと思ったが、恐ろしい人物が現れた。

 “助言者ベラーター”である大賢者マグダだ。


 あの老婆は心臓を鷲掴みにするような視線を向け、私を脅した。

 私は恐怖のあまり、気を失った。そして、あの老婆には絶対に逆らってはいけないと思うようになった。


 しかし、私の信頼する神官、クレメント・ペテレイトが恐れる必要はないと私を抱きしめながら教えてくれた。


『大賢者は暗殺を認めないと言っただけです。別の方法で命を奪えばよいのです』


『別の方法? それはどんな方法なの?』


『戦場で死ねばいいのです。国王が直々に出陣しなければならない状況を作り、王太子となったフリードリッヒ王子も一緒に戦場に送り込みます。そのための策を私は考えました……』


 クレメントの話を詳しく聞き、納得した。


(私を蔑ろにした国王とグレゴリウスの邪魔になるフリードリッヒを殺す。それですべてが上手くいくわ。多少王国が損害を受けてもあの子が国王になれるのなら、何も問題はないわ……)


 私はクレメントの策に従って、弟を動かし始めた。

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