第61話「不可解な暗殺者」
統一暦一二一一年六月十五日。
グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、ラウシェンバッハ子爵邸。マティアス・フォン・ラウシェンバッハ
赤死病が完治してから三ヶ月、後遺症である体調不良も徐々に改善し、五月から騎士団本部にも行けるようになった。
まだ体調は万全ではなく、長時間の勤務は難しいが、以前のように高熱を発するようなことはなくなっている。
ラザファムだが、無事に北部の辺境の城ネーベルタールに到着した。
彼からの手紙には、“厳しい環境だが、一人息子と静かに過ごすにはちょうどいい”とあった。
また、万が一の紛失を考えてか、ジークフリード王子の名は書かれていないが、素直な良い人物だという印象を持っているらしい。
このまま彼が立ち直ってくれればよいと思っている。
軍務省はまだ混乱していた。
軍務卿のマルクス・フォン・レベンスブルク侯爵は何とか立ち直ったものの、義父であるカルステン・フォン・エッフェンベルクの体調が完全に回復していない。
今のところ、マルクトホーフェン侯爵派の排除には成功しているが、このままでは危険だと思っている。
国外の状況だが、情報部と
我が国も多くの被害が出したが、既に日常生活に戻っており、疫病対策の徹底の差が出た形だ。
もっとも帝国が何もしてこないとは思っていない。我が国の被害が他国に比べて軽微であったことは知れ渡っており、皇帝マクシミリアンとペテルセン総参謀長が何らかの手を打ってくることは間違いないからだ。
そんな中、私の周囲で妙な動きが見えるようになった。
今月に入った頃から、私の周囲に不審な者が現れ始めたのだ。
最初のうちは遠くから窺っている程度だったようだが、私が騎士団本部に出仕する際に馬車を尾行し、貴族街にある屋敷を窺う者まで出始めた。
「三流の暗殺者か、間者のようです。我々“
私の護衛の元締めでもある
「三流ですか……拠点を探ることは可能ですか? 命じたのは恐らく第二王妃のアラベラ殿下でしょうが、短絡的なあの方にしても、私を狙う動機が見えません。帝国やマルクトホーフェン侯爵が唆した可能性が否定できませんから、それを確認したいと思っています」
「既に王都内の拠点は確認済みです。背後関係までは掴めていませんが、潰すついでに確認いたしましょうか?」
“
「わざわざ三流どころの暗殺者を使っていることが気になります。アラベラ殿下がお一人で考えたのならともかく、帝国やマルクトホーフェン侯爵はここにカルラさんたち“
私の言葉に妻のイリスも頷いている。
「そうね。アラベラならすぐにでも襲撃を命じるはずよ。それに帝国なら
帝国はリヒトロット皇国との戦いの際、水軍パルマー提督を暗殺している。その時には
「確かにお二人のおっしゃる通りです。陽動の可能性もありますし、安易に手を出すことは危険かもしれません」
カルラは深刻そうな表情を浮かべている。
「陽動ですか……
「そうね。わざわざこんな面倒なことをする理由が分からないわ。陽動にしても稚拙だし、本気であなたを殺そうとしているとは思えないのだけど……」
イリスの言葉であることが頭に浮かぶ。
「嫌がらせかもしれないね。相手が手を出してきたら対応せざるを得ないし、手を出してこなくても放置するわけにはいかない。成功すれば儲けものという使い捨てなら三流の安い暗殺者で十分だし、その組織が潰されても別の暗殺者を雇えば続けられる。
私の言葉にイリスが顔を顰めて頷いているが、カルラは首肯しない。
「安いといってもマティアス様ほど有名な方の暗殺ですから、最低でも数百万マルク(日本円で数億円)は必要でしょう。資金を一マルクも無駄にしたくない帝国がそのようなことをするでしょうか? マルクトホーフェン侯爵家にしても、
マルクトホーフェン侯爵家は百人ほどの間者を雇っていた。それだけの数を雇えば、年間一億マルク以上は必要だろう。王国最大の貴族とはいえ、それだけの余剰資金があるはずもなく、帝国から援助を受けていたと考えている。
しかし、その帝国も今回の疫病騒動で余裕はない。自然災害と異なり、インフラの復旧は必要ないが、大量に死者を出していることから税収が激減している。
それに帝国軍の死者に対しても弔慰金などは発生するだろうから、王国を混乱させる目的とはいえ、大量の資金を投入する余裕はないはずだ。
実際、マルクトホーフェン侯爵領の間者の数は減っており、全体としては半分程度になっているという報告もあった。
「情報が少ない状況ではこれ以上考えても結論は出ないわ。今はその暗殺者をどうするか考えましょう。私としてはさっさと潰してしまう方がいいと思う。その拠点にはどの程度の数がいるのかしら?」
イリスの問いにカルラが答える。
「把握している拠点には十五人程度です。力量的にも黒獣猟兵団の半数二十五名を投入すれば、問題なく倒せると思います」
「案外それが狙いかもしれないな」
私の独り言にイリスが首を傾げる。
「どういうこと?」
「以前、黒獣猟兵団を使ってロシュ
五年ほど前の一二〇六年十月、マルクトホーフェン侯爵によって獣人族が貶められる謀略が行われた。その際、王都の治安を守る第一騎士団の団長と直談判して平民街での治安維持活動の許可を得て、ならず者のアジトを急襲した。
その後、貴族の私兵が王国の法を無視して警察行動を採ったとしてマルクトホーフェン侯爵が告発した。その時は事前に王国騎士団長のグレーフェンベルク伯爵と調整し、侯爵を論破したが、今回も同じような手を打ってきた可能性がある。
「あり得ない話じゃないわね。そうなるとカルラたちに始末してもらうしかなくなるわ。ファルコたちでは証拠が残るでしょうけど、
「奥方様のおっしゃる通りですが、それではこの屋敷の警備体制が手薄になります。今いる程度の暗殺者が襲ってくるなら問題ないですが、密かに毒を使われると、黒獣猟兵団の者たちでは対応しきれない可能性がありますので」
カルラたち
「そうなると当面はあの連中の監視と背後関係を調べるだけしかできないわ。あなたの体調が万全なら、治癒魔導で何とかできるかもしれないけど、今のあなたではごく少量の毒でも致命的になるのだから」
イリスの言葉にカルラも同調し、当面は監視と背後関係の調査だけに留めることになった。
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