第60話「第二王妃と第二王子」
統一暦一二一一年六月一日。
グライフトゥルム王国中部マルクトホーフェン侯爵領、領都マルクトホーフェン、領主館。第二王妃アラベラ
六日前、グレゴリウスと共に領都に戻ってきた。
グライフトゥルム市に行った際には弟であるミヒャエルから盛大に文句が書かれた手紙が来たが、愛する息子を守るためにそれを無視した。
グライフトゥルム市に向かった時、父ルドルフは赤死病に罹っており、そのことで家臣から薄情だという声が上がった。私に言わせたら老害である父と未来の国王グレゴリウスのどちらを取るかなど、自明すぎて鼻で笑ってしまったわ。
それに父を弱らせたのは私が命じたこと。さすがにそのことは言えないが、父を看取るつもりもなかったので、さっさとグライフトゥルム市に向かったのだ。
父は私たちが出発した二日後に死んだが、その知らせを聞いても何の感慨もなかった。精々、これで静かになると思ったくらいだ。
グライフトゥルム市では
たかが魔導師の分際で将来の国王と国母に対して不敬にもほどがあると思い、王家の威光を振りかざして中に入ってやったわ。
塔での生活は思った以上に不自由だった。
食事は質素だし、お気に入りの神官クレメンス・ペテレイトも連れていけなかったためだ。
私は一緒に行こうと誘ったのだが、クレメンスは“これ以上目立つと関係が疑われる。グレゴリウス殿下のために同行できない”と言って領都に残ってしまった。
息子のためと言われれば無理強いもできない。
領都に戻ってきた後、弟の腹心ヴィージンガーの部下が私に会いに来た。
そして、私たちが王都に戻るためにはラウシェンバッハなる若造を排除しなければならないと力説した。
「殿下方が王都に戻れず、グレゴリウス殿下が立太子されないのは、総参謀長であるマティアス・フォン・ラウシェンバッハ子爵が反対しているからです。運がいいことに奴は今、赤死病の後遺症で臥せっております。この機に排除すれば、すべての障害がなくなります」
ラウシェンバッハという者の名に何となく記憶はあるが、子爵程度を一々覚えてなんていられない。
「ならば、そなたらで排除なさい」
その男は私の命令に首を横に振った。
「お館様は暗殺という手段を好まれません。そして、ヴィージンガー殿はお館様の腹心。我らだけでは資金の流れからお館様に知られてしまいます。ですので、王妃殿下にお願いに参りました」
命令に従わないことに腹が立ったが、言わんとすることは理解できた。
ミヒャエルがいい格好をしようとするため、有効な手が打てないと、私を頼ってきたのだ。
「分かったわ。お金を出せばよいのね。幸い父が亡くなったから、少々の無理は効くわ。家宰には私の衣装代として必要な資金を出すように命じておく。あとはそなたたちで何とかしなさい」
こうしてラウシェンバッハなる者の暗殺を命じた。
その後、グレゴリウスの下を訪れた。
息子は来月十四歳になるが、既に私より背が高く、凛々しい顔立ちであの軟弱な国王の血を引いているとは思えない。
今も剣の修業中ということで木剣を構えているが、我が息子ながら見ていてうっとりしてしまう。
「今日は何の用ですか?」
グレゴリウスは最近私に対して冷たい。侍女たちに聞くと、反抗期ではないかということで、あまりうるさくすると逆効果と言われ、我慢している。
「そろそろ王都に戻ろうと考えているわ。そのことを伝えに来たの」
「分かりました。では、私は修行の続きをしますので」
そう言って木剣を振り始める。
その態度に寂しさを感じながら、自室に戻った。
家宰の一人であるクラウディオ・フォン・アイスナー男爵に、王都に戻ると伝えると、驚いて目を見開いた。
「陛下の許可はいただけたのでしょうか?」
私はその言葉を鼻で笑った。
「そんなものはないわ。第一、私はここに療養に来ているのよ。戻る戻らないを決めるのは私であって陛下ではないわ」
父がいる時は言い出せなかったけど、そもそもここにいるのは火傷の療養のため。なら、私が戻ってもいいと思えば、いつでも王都に戻れるはず。
「しかし……」
先代のアイスナーは胆が据わっていたが、この男はオロオロとするだけで役に立たない。
「お前は言われた通りに準備すればよいのです! さっさとなさい!」
私の剣幕にクラウディオは慌てて頭を下げて出ていった。
■■■
統一暦一二一一年六月一日。
グライフトゥルム王国中部マルクトホーフェン侯爵領、領都マルクトホーフェン、領主館。第二王子グレゴリウス
母が俺のところにやってきた。
いつまでも俺のことを子ども扱いする鬱陶しい女だが、それ以上にその愚かさに辟易している。
その苛立ちで半年ほど前、剣術の訓練中に若い従士を木剣で殴り殺してしまった。まあ、騎士階級の次男であり、我が家にとっては重要な者ではなかったらしく、誰からも注意されなかったが。
俺がここに幽閉されているのはあの女のせいだ。
第一王妃のマルグリットをあの女が自らの手で殺したと聞いたのは五年ほど前だ。まだ十歳にもなっていなかったが、何と愚かなのだと思った記憶がある。
それにあの女は祖父ルドルフを嫌っていた。
自分の命を助けてくれたというのにだ。
俺はお爺様のことが好きだった。
厳しく指導されることもあったが、俺にとっては何が重要なのか考えてくれ、気まぐれに可愛がるあの女よりよほど肉親の情が強いと思っていたのだ。
そもそもあの女は俺を育ててはいない。
母が恋しい幼い頃もあの女は男を漁り、俺のことを放置していた。数年後に知ったのだが、お爺様がそのことで何度も注意していたらしい。
そのお爺様が死んだ。
年齢的には六十に近かったが、昨年の今頃はまだ元気だった。それが夏を過ぎたあたりから体調を崩し始めた。
恐らくあの女が殺したのだ。
あの女は今、ペテレイトなる神官を囲っている。そのことで祖父が激怒したと聞いており、短絡的なあの女はそれでお爺様を殺したのだ。
俺が気づいていないと思っているようだが、侍女の一人を懐柔しており、あの女のことは割と分かっている。
しかし、あれでも俺の母だ。嫌いだが、破滅までは望んでいない。
それにこの噂が世間に流れれば、俺の王位継承権も危うくなる。
破滅は望んでいないが、あの女は自重という言葉を知らない。
お爺様が亡くなり、これまで以上に奔放に行動するだろう。俺も注意しているが、聞く耳を持たない。
最近ではあまりのいい加減さに鬱陶しくなり、話をする気すら起きない。
しかし、王都に戻るのであれば、何か考えないといけないだろう。
お爺様から聞いた話では最大の政敵は死んでいるが、以前潰したはずのレベンスブルク侯爵が復活し、マルクトホーフェン侯爵家に抵抗しようとしているらしい。
他にもエッフェンベルク伯爵家やノルトハウゼン伯爵家などの敵も多く、付け入る隙を与えるわけにはいかないのだ。
叔父のミヒャエルとはあまり連絡を取っていないが、今後は叔父と連携していく必要があるだろう。
それに加えて、俺のために動く手駒が欲しい。
護衛の騎士や小姓は何人もいるが、忠誠心はともかく、無能な者が多すぎる。皆、伯爵家や子爵家の長男だが、俺より年上なのにまともに政治を語れないのだ。
叔父は有能そうだが、侯爵家の当主としてやることが多い。俺個人のことで使える者がどうしても必要なのだ。
本来なら王子である俺には守り役がいるはずだが、あの女が俺を独占しようとして付けなかった。守り役なら信用できただろうし、他の役職にも就いていないから俺のためだけに仕えてくれたはずだ。
今更守り役がいないことを嘆いてもしょうがない。
一人だけ使えそうな者がいることを思い出した。
以前お爺様に相談した時、名が出たコルネール・フォン・アイスナーだ。しかし、今はミヒャエルに嫌われ、領都からも追放されている。
アイスナーの長男で現男爵であるクラウディオは実直なだけの家宰だが、そいつを使ってコルネールを密かに呼び戻そうと考えたが失敗した。
自分は汚れ仕事が多く、王都での評判が悪いから、俺の側近には相応しくないと言ってきたのだ。
確かにその通りだと思ったが、そこで行き詰った。
それにしてもマルクトホーフェン侯爵家には人材がいない。
お爺様とコルネールが優秀だったからだという話だが、このままでは俺が国王になるには叔父に頼るしかない。
しかし叔父の力だけで玉座に付けば、俺は飾り物になる可能性が高い。俺の父、現国王フォルクマークくらい無能ならそれでもいいのだろうが、俺は自分の力を試してみたいのだ。
と言っても叔父を排除する気はないし、マルクトホーフェン侯爵家の力が必要であることは理解している。しかし、一つの勢力だけに頼るのは危険だ。
そう考えて一つの結論に達した。
マルクトホーフェン侯爵家の政敵を我が配下に加える。具体的にはラウシェンバッハだ。
あの者は“千里眼”と呼ばれるほど先を見通せる男であり、グライフトゥルム王家にも忠実だ。
マルクトホーフェン侯爵家の専横を許さないために協力してほしいと言えば、側近にできるのではないか。問題があるとすれば、接触することができないことだ。
王都に戻ったら、総参謀長という職位にあるから話を聞きたいと言って、接触しようと考えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます