第53話「ラザファムへの謀略」

 統一暦一二一一年二月二十日。

 グライフトゥルム王国王都シュヴェーレンブルク、マルクトホーフェン侯爵邸。ミヒャエル・フォン・マルクトホーフェン侯爵


 ラザファム・フォン・エッフェンベルク伯爵の妻シルヴィアが赤死病で死んだ。

 そのことでラザファムが酷く落ち込んでいるという情報を、腹心であるエルンスト・フォン・ヴィージンガーが持ってきた。


「第四騎士団の司令部でも心ここにあらずという感じだそうです。ラウシェンバッハも不在のようですので、この機にエッフェンベルクを潰してはどうでしょうか?」


 ラウシェンバッハは五日ほど前に緊急の案件で王都を発ったと聞いている。御前会議でホイジンガーに確認したが、明確な答えはなかった。


『彼は確実な情報でなければ伝えてきませんので。何やら準備は行っているようですので、そのうち分かるでしょう』


 その後、東の国境であるヴェヒターミュンデ城近くに帝国から難民が押し寄せ始めたという噂が流れ始めた。


 また、ラウシェンバッハが毛布や天幕を集めているという情報もあり、奴がヴェヒターミュンデに行ったのではないかという話が広まっていた。


 ちなみに軍務卿のレベンスブルク侯爵は愛娘であるシルヴィアを喪ったことから、未だ王宮に出仕していない。弟と娘が相次いで死んだことで、立ち直れないらしい。もう少ししたら、国家の重鎮として相応しくないとして罷免を要求しようと考えている。


「確かに好機ではあるが、どうやってやるのだ? ラウシェンバッハが早期に戻ってきたら厄介だ。下手な策ではこちらに飛び火してくることも考えねばならんぞ」


 私の懸念に対し、エルンストは自信を持って答えていく。


「エッフェンベルクの第四騎士団長就任に対し、すべての者が諸手を上げて祝福したわけではありません。貴族の指揮官の中には、今回の就任の手続きが強引であったと不満を持っている者は少なくありません。小さなきっかけを作るだけで、あとは彼らが勝手にやってくれるでしょう」


 エルンストはいつの間にか情報収集を行っていたようだ。しかし、疑問が残る。


「不満を持っているというのはどういうことだ? アウデンリートが死んだから早期に次の団長を決める必要があったのだ。少々強引でも仕方ないと思うのではないか?」


「彼らは軍務卿が娘婿に地位を与えるため、爵位を継いでいないのに強引に就任を要請したという点に不満を持っています。また、爵位の相続についてもラウシェンバッハが親友を引き上げるために閣下を脅して強引に迫ったという噂が流れており、嫡男だけでなく、次男や三男からも不満の声が出ておりました」


 言わんとすることは何となく分かるが、流れてきた噂と微妙に異なる点が気になる。


「確かに強引であったが、若手からは就任に好意的な意見が多いと聞いていたが?」


「確かにラザファムは実力、実績とも十分で、騎士階級や平民の指揮官は歓迎していました。しかし、若手の貴族は声高に言ってはいないものの、爵位継承で強引な手を使った点を問題視しております。強力な縁戚や友人の力を利用して爵位と地位を得た方法が自分たちにはできない方法であり、嫉妬されているのです」


 爵位の継承はデリケートな話であり、自分が苦労しているのに義父や友人の力を使って容易く得たことが許せないということらしい。


「それは分かるが、その程度のやっかみでエッフェンベルクを引きずり下ろすことはできぬのではないか?」


「その点は考えております。具体的には……」


 エルンストは自信満々で説明していく。

 内容を聞く限り、成功率は高いが、大きな懸念があった。


「そこまで準備しているのか……問題はラウシェンバッハが早期に戻ってくることだ。奴が戻れば、間違いなく手を打ってくる。我らが関与していることを知られれば、グレゴリウス殿下のことで逆襲してくる可能性がある。その点はどう考えておるのだ?」


 エルンストは分かっているとでもいうように大きく頷く。


「ラウシェンバッハについてですが、不審な点がございます」


「不審な点? どのようなことだ?」


「この時期に総参謀長である彼が難民対策のために、ヴェヒターミュンデに行くことに違和感があります」


「確かにそうだな。だが、難民対策とは明確に言っていない。我らの知らない情報に基づいて、別の理由で王都を空けたのかもしれんのだ」


 私は何度も煮え湯を飲まされてきたことで慎重になっている。


「その可能性はございます。ですが、帝国も法国も動けない状況で、蓋然性がございません。私は別の理由ではないかと考えています」


「別の理由? それは何だ?」


 そこでエルンストの目が光る。


「疫病に冒されたのではないかと」


 その言葉に衝撃を受ける。しかし、すぐに思い直した。


「あれほど用心していた奴が疫病に罹るとは思えん。証拠はあるのか?」


「奴の足取りを調べさせたところ、騎士団本部からネッツァー上級魔導師の屋敷に行っております。馬車は自宅に戻り、その後、王都の南門から出ていきましたが、門でラウシェンバッハの姿を見た者はおりません。普段であれば、兵士に気さくに声を掛けておりますが、その日は一切姿を見せなかったと、兵士は証言しております」


「なるほど。確かに不自然だな」


 ラウシェンバッハは平民に取り入ることを常に考えている。今回の疫病でもいち早く私財で購入した食料を貧民に配っている。そんな奴が兵士に顔を見せないというのは確かに不自然だ。


「疫病に罹っているのであれば、そのまま死ぬ可能性は十分にあります。また、死ななくとも一ヶ月程度はまともに動けないでしょうから、すべてが終わった後で知ることになり、その間に証拠を消してしまえば、奴も手出しできないと考えます」


「そなたの申していることは理に適っているな。それにしてもよく気づいた。頼もしく思うぞ」


 エルンストの成長に驚きを隠せない。


「ありがとうございます。領都にいる間、アイスナー殿から学んだことに加え、ラウシェンバッハの行動について調べてみました。奴がどのような動きをし、そしてどのような結果になったのかを調べていくうちに、何となくですが、どう行動すればよいのか見えてきました」


「そうか、ならば不安はない。卿にすべて任せる」


「ありがとうございます! 必ずやエッフェンベルクを辞任させ、ラウシェンバッハに一矢報います」


 エルンストはそう言うと、意気揚々と私の執務室を出ていった。

 残された私は腹心の成長に満足していた。


(一時は切り捨てるべきかとも考えたが、奴も何度も苦渋を飲まされ成長したようだ。アイスナーの情報網も上手くものにしたようだし、今後はもう少し使ってもよいかもしれん……)


 そこでラウシェンバッハのことを思い出す。


(ラウシェンバッハが疫病で死ねば、国内に敵はいなくなる。帝国も法国も疫病で大きなダメージを負っている。まだ正確な情報は入っていないが、元に戻すのに十年単位で時間が掛かれば、ラウシェンバッハの考えに従って我が国の防衛体制を完璧なものにできるだろう……)


 更に思考を進める。


(ラウシェンバッハがいなくなれば、グレゴリウス殿下の即位の障害はなくなる。唯一の問題はあの姉だが、殿下の立太子を陛下に認めさせてしまえば、排除することは容易い。私が処刑を認めれば、陛下は嬉々として命じるだろうからな。その方が王家を操りやすいかもしれん……)


 私はラウシェンバッハが死んでくれることを心から願った。

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