第38話「ガリアードの苦悩」
統一暦一二〇九年一月五日。
ゾルダート帝国中部リヒトロット市、旧リヒトロット皇宮内。第三軍団長カール・ハインツ・ガリアード元帥
モーリス商会において、多額の金品を強奪されるという事件が発生した。
最初は単なる強盗事件だと思った。リヒトロット市の治安維持が我が軍に切り替わった関係で、その隙を突くように似た事件が何件か起きていたからだ。
しかし、我が帝国軍の兵士が関与している情報を聞き、怒りに打ち震える。
占領政策で最も重要な民心の掌握に反する行為だからだ。
「巡邏隊を増員して犯人を見つけ出せ!」
私の命令で五千名近い兵士が市内に出ていく。
一時間ほどで情報が集まってきた。
「モーリス商会で聞き取った情報です。強奪犯は一個小隊二十名。小隊長らしき指揮官が皇国軍の残党を探すといって押し入り、証拠の品と言って金品を強奪したとのことです。その際、支店長のルディ・ピークが殴られ軽傷を負いました。犯人たちですが、商会を出た後、商業地区の裏路地に入ったところまでは確認できましたが、その後の足取りは掴めておりません。なお、確定情報ではありませんが、第三軍団の装備であったという情報がありました。以上です」
「第三軍団の装備だと、どういうことだ?」
「モーリス商会の従業員の一人が、鎧の襟部分にⅢという数字が見えたと言っております」
帝国軍の正規軍団の装備はすべて共通だが、識別のための軍団番号が記されている。
「了解した。更に足取りを追え。絶対に逃がすな」
この事実に頭が痛くなるが、陛下に報告に行かないわけにはいかない。
皇宮内にある貴賓室で陛下に報告を行う。
「午後八時頃、モーリス商会のリヒトロット支店に強盗が入りました。支店長のルディ・ピークが殴られて軽傷を負い、被害総額は現金百万
「我が軍の兵士が強盗だと! それは真か!」
普段感情を露わにしない陛下が激怒されている。
せっかく皇都を攻略したのにケチを付けられた形なので気持ちはよく分かる。
「現在、我が軍団の全部隊に関与した者がいないか確認しております」
そこで総参謀長のヨーゼフ・ペテルセンが発言する。
「我が軍の兵士に化けた者の可能性が高いですな」
その言葉で陛下も冷静さを取り戻された。
「確かに堂々と強盗を働いたところが怪しいな。小銭をくすねる程度ならともかく、大量の貨幣や宝石を持っていれば、国に戻るまでに必ず発覚する。その程度のことが分からぬ者が小隊長に任じられているとは思えん。王国の謀略である可能性が高いな」
「ラウシェンバッハが仕掛けてきたのでしょうな。しかし、厄介なことです」
「何が厄介なのだろうか? 犯人を捕まえて我が軍と関係ないと証明すればよいだけだが」
私の疑問に陛下が答えられた。
「犯人が生きていればよいが、ラウシェンバッハが弄した策なら、既に始末されているはずだ。犯人も捕まらず、我が軍が関与していない証拠も出せぬ状態では、民衆は我が軍がやったと考えるだろう。いや、ラウシェンバッハなら既にそう思わせるために動いているはずだ」
陛下と総参謀長の懸念が理解できた。
「このことを公表しますか?」
ペテルセンが陛下に確認する。
「どのように発表するのだ? グライフトゥルム王国の工作員が我が軍の兵士に化けて強盗を働いたという証拠もないし、我が軍の兵士が全く関与していないと証明することは困難だ。犯人が見つからなければ、我々が隠蔽したと民たちは思うだけだ」
陛下のおっしゃる通り、やっていないことを証明することは難しい。それに民心を得ていない状況では、どのように言い繕っても信用されることはないだろう。
「少なくとも事実は公表すべきでしょうな。最悪の場合、犯人をでっち上げることも考えておくべきでしょう」
「それしかあるまい」
陛下は疲れたような表情で頷かれた。
その日は一睡もせずに捜査を指揮したが、犯人の足取りは全く掴めなかった。
翌朝、モーリス商会の支店長のルディ・ピークが司令部を訪れた。
頬に殴られた跡があり、不機嫌そうな表情で抗議してきた。
「既に閣下の部下の方には伝えておりますが、我が商会が貴軍の装備を身に着けた者たちに襲われ、多額の金品を奪っていきました。貴軍が関与しているかは分かりませんが、少なくとも占領後の治安を維持する責任はおありのはず。犯人の捕縛と奪われた資産の返却がなされるまで、当商会は貴軍への協力はいたしません」
言っていることはもっともなことであり、反論しようがない。
「貴殿言う通り、治安を守る責任は小官にある。犯人の捕縛と奪われた金品の奪還に全力を尽くすと約束しよう」
その後、ピークは陛下に呼び出され、私もその場に同席する。
「今回のことは余と帝国の不手際だ。奪われた金品については補償しよう。だが、その前に確認せねばならんことがある」
そうおっしゃると鋭い視線でピークを見つめる。
「今回負傷したのはそなただけだと聞いた。我が軍の装備を身に着けた兵士とはいえ、抵抗しなかったのはなぜだ? 天下に名を轟かすモーリス商会に警備の者がおらぬとは思えん。ラウシェンバッハに唆されて、我が軍の評判を落とすための芝居を打ったのではあるまいな」
少なくとも十名程度の護衛は雇っているはずだが、帝国軍に剣を向けるとは考え難い。
陛下のお考えが分からず、私は困惑する。
その間にピークの表情が険しくなっていた。
「この町で貴軍に剣を向ければ、問答無用で殺されてもおかしくないのです。その状況で警備の者に戦えと命じられるとお考えなのですか。確かにラウシェンバッハ子爵には王国でお世話になっていますが、少なくとも従業員を危険に晒すようなことに協力は致しません」
「確かに剣を向けることは難しいかもしれぬが、入口で押し留めることはできたはずだ。拷問に掛けて聞き出すこともできるのだぞ」
陛下が冷たい視線を向けたまま、脅迫する。しかし、ピークは並の者ならひれ伏すであろう視線を受けても動揺しなかった。
「下手に抵抗すれば、従業員に被害が出ました。私が立ちはだかっただけで殴られたのです。警備の者が押し留めれば死者が出たでしょう。陛下が私の口から王国の謀略だったと言わせたいとお考えなら、それでも構いません。拷問でもなんでもかけていただいて結構です」
その豪胆さに驚くとともに、ここまで言い切れるということは芝居ではないと直感する。
「フフフ……冗談だ、許せ」
陛下は表情を緩められた。
陛下はモーリス商会がラウシェンバッハに近いことを気にされていた。そのため、この機に脅して確認されたのだろう。
「恐らくだが、モーリス商会が狙われたのは我が国に協力させないためだ。ラウシェンバッハならこの程度のことはやりかねん。余ですら一時投獄されるという目にあわされたのだ。奴なら何をやってきてもおかしくはない……」
陛下がおっしゃる通り、ラウシェンバッハが仕掛けてきた離間の策かもしれない。
「犯人の捕縛はともかく、損害は我が国が補償する条件で、昨日約束した通り、協力してくれぬか」
陛下はラウシェンバッハを悪者にして、ピークの協力を得ることに切り替えたようだ。
「陛下は帝国軍に犯人がいないと確信されていらっしゃるようですので、私もそれを信じます。ですが、治安が悪化していることは事実です。我々商人にとって安全が一番大切です。治安の回復をお約束いただけるのであれば、協力させていただきます」
「無論だ。余もリヒトロット市の治安が悪化することは望まぬ。ガリアードよ。第三軍団の総力を挙げて、治安維持に努めよ」
「ハッ! 必ずや」
陛下のお言葉に頭を下げて答える。
陛下の御前から退出後、軍団の司令部に戻るが、捜査に進展はなかった。
それどころか、市内各地で我が軍の兵士に対し、罵詈雑言が浴びせられ、酷いところでは投石まで行われた。
暴動に発展させないため、部下たちには強硬な手段に出ないように命令しているが、遠くない将来に暴動が起きることは間違いない。
特にここにはシュテヒルト内務尚書のような優秀な文官がおらず、私自身内政を得意としていない。陛下のお考えになる占領政策が滞る可能性が高い。
三日前に進駐してきた時には抵抗もなく、すぐに帝都に帰還できると思った。しかし、長引くことは間違いなく、暗澹たる思いが強くなる。
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